第48話
「招待状を拝見いたします」
馬車の外から聞こえて来た声にアロイスはついに目的地に着いたことを悟った。なんだか気が重く、外の景色を一切見ないようにしていたアロイスはその声を耳にするまでそれに気付いていなかったのである。
「へぇ、近くでみるとやっぱり大きくて立派ねぇ」
エディタが馬車の外を見てそう言った。エディタの言葉にディレクも馬車の外を見ようと乗り出した。
「きょろきょろするな。見っとも無い」
その様子にアロイスが釘をさすと二人は不服そうにアロイスを睨みつけた。
「貴方は前に来たことがあるから珍しくもないんでしょうけど、私たちは初めてなのよ?ちょっと見るくらいいいじゃない」
「・・・威張らないでくれる?折角の気分が台無しだよ」
口々にそう言い、アロイスから目を逸らし、外の景色を眺めることを止めようとしない二人にアロイスは溜息をついた。
この分だと王宮に入ってからも同じように物珍しげな目であちこち視線を走らせるであろうことが明白だった。アロイスはそれがとても恥ずかしいことに思えた。そして、それに気付かぬ二人はやはりどこかずれているような気がして自分たちは家族でありながらやはり、相容れぬ存在なのだろうかと悲しい気持ちになった。
「旦那様、到着しました。どうぞ、お降りください」
御者が馬車の扉を開きながら一家にそう促した。エディタとディレクはその声に応じてすぐさま馬車を出たがアロイスは少し躊躇った。
「何してるのよ?早く行きましょうよ」
焦れたエディタの呼び掛けにアロイスは漸く重い腰を上げた。
「・・・やっぱり貴方とセシルは良く似てますね」
ゆっくりと馬車を降りてくるアロイスにディレクはうんざりしたように呟いた。いつもと同じ言葉。同じ口調だが今日のアロイスは何故かそれが気に障った。いつもなら何も言い返さないのだが、今日は一言言ってやりたくなった。
「・・・そうだな。お前は不思議なほど私には似ていないがな」
言葉はディレクに向けられたものだが、視線はエディタに向けられていた。アロイスは長年胸に抱えて来た疑念をついに遠まわしにだがエディタにぶつけたのである。それに対するエディタの反応は無表情にそれを受けた止めただけであったが・・・。
「似て無いと言われるのは嬉しいですよ」
ディレクはそう言ってアロイスを見ようともしなくなった。険悪な雰囲気のまま、ブルックナー一家は従者の案内の元、舞踏会会場へと足を運んだ。
会場に着くとまだ人影はまばらだった。それを見たエディタはがっかりしたように呟いた。
「・・・こんなものなの?」
その呟きにアロイスは今日何度目になるか分からない溜息をついて応えた。
「少し、早く着いたからな。もう少しすれば大勢やってくるだろう」
アロイスの言葉にエディタは嬉々とした表情を浮かべた。ディレクはアロイスの予想通り、きょろきょろと辺りを見回している。
・・・これが私の家族、これが私の現実なのだな・・・
アロイスは何の安らぎも得られない、何の幸せも感じない己の現実を噛み締めていた。唯一の安らぎであったセシルは既に手の届かない場所に行ってしまった。そのセシルに逢えるのは嬉しいが今日は望まぬ同行者がいる。
二人がセシルに対して優しい言葉を掛けるわけがない。自分が盾になろうと決めてはいるがどうなるか分からない。
アロイスにとって長く辛い夜となるであろう今夜はまだ始まったばかりだ。