第47話
「セシル様?」
セシルは舞踏会会場の近くまで来た時、不意に声を掛けられた。振り返るとそこにはエルンストが居た。
「エルンスト」
エルンストは少々戸惑ったような表情でセシルに近づいて来た。
「・・・お早いですね」
まだ、開始時間には余裕があった。それに今回セシルはエドアルドと共に壇上に上がることになっているので開始して暫くしてから会場に入ることになる。会場に来るのはもう少し後でも問題はなかったのだ。
「ごめんなさいね。・・・なんだか、落ち着かなくて」
エルンストの言葉にセシルははにかんだ様な顔をしてそう答えた。そんなセシルの姿にエルンストは思わず笑みをこぼした。
「それはそうでございましょうね。セシル様、どうぞこちらへ」
エルンストはセシルを壇上の後ろにある控室のような部屋に案内した。控室と言っても王族専用であるためその部屋は控室と呼ぶには少々広く豪華だった。その部屋に入ったセシルは奥の扉を見つめて表情を少し引き締めた。その扉は壇上への入口。セシルの王妃としての第一歩への扉だった。
「セシル様、まだ時間がございますのでどうぞ、ごゆっくりなさってください」
「・・・えぇ、そうするわ」
エルンストにそう促されてセシルは扉を見つめるのをやめ、ソファに座った。
「セシル様、会場には開始して少々時間が経ってから入っていただきます。初めに陛下が入られ、続いてセシル様にご入場いただきます」
エルンストは段取りの説明を始めた。セシルはそれを神妙な面持ちで聞いていた。
「侍女殿と騎士殿達にはセシル様の後ろに着いてもらいたいのだが・・」
「畏まりました」
「心得ました」
「仰せのままに」
エルンストの言葉にニコラ達はすぐさま頭を下げて応じた。エルンストが小さく頷く。
「それではセシル様、暫しこちらでお待ちください」
エルンストはそう言うと一礼して部屋を後にした。
エルンストが部屋を去った後、セシルは小さく溜息をついた。
「どうされました?」
その様子を気にしてニコラが声を掛ける。それに対してセシルは少し困ったように笑って見せた。
「・・・お父様、驚くだろうなぁと思ってね」
父に面会したいと申し出た時はこんな大事のなるとは全く考えていなかった。こういうことは前以て知らせておいたほうが本当は良かったのでは無いかとセシルは思っていた。
自分ほどではないが華やかな世界が苦手な父。その父の前になんの前触れも無く自分が壇上から国王陛下に伴われて現れるのは大きな驚きを与えることは容易に想像できた。セシルはそれが何だか心苦しかった。
「・・・それはそうでございましょうね・・・」
セシルの言葉にニコラの顔も曇る。長年、ブルックナー家に仕えているニコラも一族の性格は熟知しているつもりだった。エディタやディレクならセシルの王妃内定を手を叩いて喜びそうだがアロイスは大いに戸惑いそうだ。だが、最早後戻りは出来ない。ニコラはギュッと己の拳に力を込め、表情を引き締めた。
「セシル様、旦那様を驚かすことになってしまったことは後で旦那様にお詫び申し上げればよろしいじゃございませんか。今は舞踏会を無事に終えることだけ考えて下さいませ」
優しいが有無を言わせぬ雰囲気を纏ったニコラの口調。セシルが迷ったり、躊躇ったりした時、ニコラはいつもこの口調で話しかけセシルの背中を押してきた。セシルもそれを分かっている。ニコラがまた自分の背中を押してくれている。そう思った時、セシルの顔から迷いが消えた。
「・・・そうね、今夜の舞踏会は大切な場所だものね」
自分の新たなる人生の第一歩となる大事な夜に失敗など出来ない。
セシルは改めてその想いを強くしたのだ。