第44話
「どう?素敵でしょ?」
今夜の舞踏会用のドレスに身を包んだエディタが満足そうに問いかけた。
「・・・そうだな」
アロイスは口では同意しながら内心溜息をついた。派手すぎてどこか歪に見えるそのドレスは確かにエディタにしか着ることは出来ないだろう。
エディタは皆が言う『流石、ブルックナー伯爵夫人。そういうドレスは貴女しか着ることができません』という言葉を賛辞と受け取っているが実際は皮肉だ。そんな変なドレスをよく恥ずかしげも無く着れるものだと言われているのだ。
アロイスが社交界にあまり顔を出したくない理由の一つはエディタのドレスにある。陰で、否、面と向かっての場合もあるが笑われるのだ。ブルックナー伯爵夫人はセンスが悪いと・・・。
王宮の舞踏会にまでそんな歪なドレスで出席するつもりなのかとアロイスは頭が痛くなる思いだった。
「母さん、俺も準備出来たよ」
エディタに声を掛けながら部屋に入ってきたディレクも男性が着るには些か派手な礼服に身を包んでいた。ディレクの服は全てエディタが見立てているので当然と言えば当然かもしれない。
「まぁ、ディレク、とっても素敵よ。本当にお前は何でも似合うわね。セシルとは大違いだわ」
「あんな地味なのと比べないでよ」
いつものように始まった会話にアロイスは顔を顰めた。
「・・・貴方はいつもそんな顔をするのね。ディレクが可愛くないの?」
エディタがうんざりしたようにアロイスに問いかける。その問いを受けてアロイスはこう切り返した。
「お前こそ、いつもディレクばかり褒めてるじゃないか。セシルが可愛くないのか?」
アロイスの問いかけにエディタは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。応える気は無いらしい。
こういった問いの応酬はもう、何度も続けて来た。その度にアロイスとエディタはお互いの問いに応えずに問いを返してきた。
アロイスはディレクが可愛くないかと聞かれても、応とも否とも言えない自分に気が付いている。息子でありながら、アロイスはディレクをどう扱っていいのか良く分からないのだ。
エディタがべったりとディレクを構っていたせいでディレクが幼いころからさほど交流を持つことが出来なかったことも理由の一つにあるだろう。エディタがほとんどセシルを構ってやらないことを不憫に思ってセシルの方ばかり気に掛けていたという現状もそれに拍車をかけた。
気が付けば、ディレクとの間に埋めようのない溝が出来てしまったような気がする。
自分を毛嫌いする息子・・・。それをどう扱えばいいのかアロイスはいつも苦脳していた。
「・・・父さん。貴方も準備した方がいいんじゃないですか?」
ディレクが渋々といった感じで声を掛ける。その言葉にアロイスはまだ自分が礼服に着替えていないことを思い出した。
「そうだな。私も準備しよう」
アロイスはそう答えて部屋を後にした。ブルックナー家の屋敷は王宮から少し距離が離れている。まだ、午後になったばかりだが早めに準備をして屋敷を出る必要があった。
「・・・セシルが愚図なのは父さんに似たからじゃない?」
アロイスが部屋を出た後にディレクが心底嫌そうに呟いた。
「そうかもしれないわね。・・・お前はあの人に似ていないわ」
エディタはディレクの言葉に同意し、そっとディレクの頬を撫でた。
その瞳がどこか悲しげであることにディレクは気付いていなかった。