第43話
「ではな、セシル。お前があのドレスに身を包んだ姿を楽しみにしている」
セシルを後宮の入口まで送ったエドアルドはそう声を掛けた。
「はい。私もあのドレスを着た姿を見てもらえるのが楽しみです」
セシルは笑顔でそう答えた。その様子にエドアルドが軽く頷く。
「では、戻りますね。また後ほど」
セシルはそう言って一礼し、後宮の中へ戻っていった。後の残されたエドアルドはしばらくその場に立って去りゆく背中を見つめていたが、気を取り直して己の執務室へと足を向けた。
「おかえりなさいませ。セシル様」
後宮の自室に戻ったセシルをニコラは笑顔で迎え入れた。ニコラの笑みにつられる様にセシルの顔にも笑みが浮かぶ。
「ただいま、ニコラ」
イーナとモニカもセシルを出迎えた。セシルは二人にも挨拶を済ますとソファに座って一息ついた。
「王太后様とのご対面はいかがでしたか?」
そんなセシルに紅茶の入ったティーカップを差し出しながらニコラが尋ねる。イーナとモニカも興味があるらしく、セシルの言葉を待っているように見えた。
「とても楽しかったわ。そうだ、ドレスを数着戴いたの。今夜の舞踏会にはそれを着て出るわ」
セシルの言葉に皆、一様に安堵した。楽しかったということは王太后にセシルが悪い印象を与えなかったことの証明であり、尚且つセシルが王太后から気に入られたということだろうと思えたからだ。
一般社会においても嫁、姑の関係は難しいものだ。それが王太后と王妃であれば尚のことだろう。皆、それを心配していたのだが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。
「・・・いよいよでございますね」
ニコラが感慨深げにそう呟いた。イーナとモニカも静かに頷いた。
「そうね、いよいよね」
セシルもそう答えて表情を引き締めた。その凛とした姿にニコラは見惚れた。
・・・セシル様は強くなられた
ニコラはそう思った。セシルが幼い頃から側にいるニコラはセシルの全てを見て来たつもりだ。
人見知りで引っ込み思案な性格。いつも自分に自信が持てないでいるように見えた。
誰かに愛されることすら期待していないのではないかと思ったこともあった。
そんなセシルが愛し愛される喜びを知り、その愛に応えるため王妃になる決意を固めた。セシルの性格から考えて王妃として生きることは茨の道となるだろう。それはセシル本人も分かっているはずだ。
それでもセシルは自らそれに飛び込もうとしている。それは愛する人の側に居たい。愛する人を支えたいという想いからだろう。
愛とは人を強くするものなのね・・・
ニコラはそう考えてセシルを愛してくれたエドアルドに改めて感謝の念を抱いた。
「ねぇ、ニコラ」
セシルがそっと呼び掛ける。その様子はどこか照れているように見える。ニコラは黙ってセシルの言葉を待った。
「王太后様がね、自分のことを『お母様』って呼んで欲しいって仰ってくださったの」
セシルの言葉にニコラは目を見開いた。気に入られたのだろうと思ってはいたがどうやらそれ以上らしい。
「王太后様は優しくて温かくてとても良い方だったわ。私、「お母様」と呼んで欲しいって言われた時、戸惑ったけどすごく嬉しかったの」
それはそうだろうとニコラは思った。母に愛された覚えがないであろうセシルにその言葉はあまりに甘美な響きであったはずだ。
「それは、ようございましたね」
ニコラは笑顔でそう答えた。幸せになってほしいと願い続けて来た幼い主の周りに愛が溢れ始めている。ニコラは素直にそれが嬉しかった。
「えぇ、実の娘のように接してくださるなんて光栄なことだわ。私、陛下だけじゃなく、王太后様の・・・お母様の想いにも応えていきたいの」
セシルは笑顔でそう言った。その眩しい笑顔にニコラだけではなく、イーナとモニカも思わず見惚れた。
「ニコラ、もっと大変になるだろうけど、これからもよろしくね」
セシルがそう言ってぺこっと頭を下げた。
「もちろんです。どこまではセシル様に付いてまいります」
ニコラもそう答えて頭を下げた。それを笑顔で受け止め、セシルはイーナとモニカの方を振り返る。
「イーナ、モニカ。貴女たちもこれからもよろしくね」
セシルは二人にもそう言うとペコっと頭を下げた。
「はい、これからもセシル様のお側でお役立てるよう頑張ります」
「はい。セシル様のためならどんな苦労も苦ではありません」
モニカとイーナは其々そう答えて頭を下げた。
「後で、コンラート達とも話をしなきゃね」
そう言うセシルを見つめながら、強くなってもこういう部分は変わらないのだなとニコラは思った。そして、このまま変わらないで欲しいと願った。