第42話
「あ、そうだ」
後宮の戻る道中、セシルが思い出したように呟いた。それを耳にしたエドアルドが立ち止って、セシルを見つめる。
「どうした?」
セシルも立ち止ってエドアルドを見上げた。その瞳は困惑している様に見えてエドアルドは不思議に思った。
「私、今夜の舞踏会でお父様と面会するつもりだったんだわ。・・・どうしよう」
エドアルドと共に壇上へあがるのだから、中座することは出来ないだろうとセシルは思った。父はセシル程ではないがあまり華やかな席を好まない。そんな父に自分の我が儘で舞踏会に足を運んでもらうのに逢うことが出来ないかもしれない。セシルの中に父に対して申し訳ない気持ちが湧きあがっていた。
「そう言えば、そうだったな。・・・そうだな、俺と一曲踊ったら中座して構わないぞ」
エドアルドは少し考えた後そう言った。エドアルドの提案にセシルは小首を傾げた。
「いいの?私、王妃候補として壇上にあがるのだから、中座はしては駄目だと思ったんだけど・・・」
「今夜の披露目は正式なもんじゃないからな。対象は他の側室と一部の上位貴族だけだ。正式な披露目の席では中座させてやれないが、今夜は大丈夫だ」
エドアルドは笑顔でそう言った。急に決めたことなので招待客の変更までは間に合わなかったのは事実だ。本来なら貴族は上位から下位まですべて招待しなければならないし隣国や同盟国からも招待しなければならない。そう言った大規模な披露目の席は改めて用意するつもりだ。
今夜は取り敢えず臣下たちや他の側室たちに王妃候補が決まったことを知らしめるのが目的なのだ。
「それなら、いいんだけど・・・」
セシルはどこか納得していないような顔でそう言った。エドアルドはそんなセシルの髪をそっと撫でる。
「急に決めたことだから、準備が間に合わなくてな。正式なもんじゃないと言ってもお前が王妃になることは間違いないからそのことは信じてくれ」
セシルが正式なものではないという言葉を気に掛けていたことは口に出さずともエドアルドにはわかったらしい。セシルは本当にこの人は自分を分かってくれているのだなと思った。
おそらくだが、エドアルドは自分が華やかな席が苦手であるにも関わらず、家族との面会のために夜会や舞踏会に足を運ぶのを不憫に思ったのではないだろうかとセシルは思う。そのことが今回の急な披露目に繋がったのではないかと・・・。
エドアルドの気遣いは嬉しい。だが、だからこそセシルはこのままではいけないと思う。
王妃になれば華やかな席が苦手などと泣きごとは言っては居られない。人見知りであまり人に逢いたくないなど以ての外だ。
舞踏会や夜会の席で壇上から微笑んでいることも来賓を出迎える席でエドアルドの隣に居ることもまるで何もしていないかのようだが、立派な公務だ。公務とは仕事だ。仕事を放棄していい道理は無い。
・・・もっと強くならないと・・・
セシルはそう思って、エドアルドを見つめた。その瞳を見つめ返したエドアルドの顔に苦笑いが浮かぶ。
「・・・肩に力を入れるな」
「え?」
思いがけない言葉を掛けられてセシルは驚いた。
「お前の性格は分かっているつもりだ。無理に強くなる必要は無い。お前に負担が掛からないように少しずつ公務に慣れてもらうつもりでいる。だから、お前は変わらなくていい。寧ろ、そのままでいてほしいと思う」
それは嘘偽りないエドアルドの本心だった。セシルにはこのままでいてほしいのだ。王妃になるからと言って変わってほしくはない。
「・・・有難う。でも、私は貴方の隣にいるためなら、どんなことも辛くないわ。」
エドアルドの言葉は嬉しかったが、やはりこのままでいいわけはないとセシルは思った。これほどまでに自分を気遣い愛してくれているエドアルドに迷惑を掛けたくなかった。
「・・・セシル」
先程の自分の言葉がどれだけエドアルドに喜びを与えたかセシル本人は分からないだろう。
エドアルドの隣にいるためなら、どんなことも辛くないという言葉は愛しているという言葉と同等、いや、それ以上の意味を持つのではないだろうか。
「・・・有難う。そう言って貰えると嬉しい」
エドアルドはそう言いながらセシルを抱きしめた。此処は王宮の廊下。場所が場所だけにセシルは始めは抵抗したが、後には素直にそれを受け入れた。