第39話
「セシル、明日、母上に逢いに行くぞ」
夜、セシルの元を訪れたエドアルドは開口一番そう言った。
「明日でございますか?」
驚いて声の出せないセシルの代わりにニコラが問いかける。
「あぁ、急で悪いが準備を頼んだぞ」
エドアルドはそう答えてニコラ達に向かい下がれと手をあげて相図した。
「・・・はい。畏まりました」
あまりに急な申し出にニコラは腑に落ちない何かを感じつつもそう答えて侍女室に入った。
「・・・どうして急に?」
漸く衝撃から立ち直ったセシルが問いかける。
「母上に今日、お前を逢わせたいと言ったら、すぐにでも逢いたいと言われてな。だったら明日はどうだと聞いたら構わないと返事があったんだ」
エドアルドは平然とそう言ってのけた。クラリッサは少しでも早く逢いたいと言っただけですぐにでも会いたいとは言っていないが概ね嘘ではない。
「母上はお前に自分が若いころ着ていたドレスを贈りたいそうだ。良かったじゃないか?それを着て明日の舞踏会に出ればいい」
エドアルドの話はセシルにとって到底納得できるものではなかった。前以て相談して欲しかったし、セシルの意思も尊重して欲しかった。
セシルは先日感じたばかりのエドアルドへの信頼感が微かに揺らぐのを感じていた。
押し黙るセシルを気にしながらもエドアルドは本題を語りだそうとしていた。このことはセシルの不信を買うかもしれない。その恐怖が無いわけではない。だが、何も告げずに騙しうちのような真似をするほうが遥かにセシルを傷つけることになるだろう。
エドアルドは短く息を吸い込み、其れを吐きだした。そして、口を開いた。
「明日の舞踏会だが、お前は俺と共に壇上に上がってもらう。王妃候補としての披露目だ」
エドアルドが何を言ったのか、セシルには一瞬、分からなかった。それほどまでにその言葉はセシルの衝撃を与えたのだ。
「・・・王妃候補としての・・・披露目?」
エドアルドの言葉を自らの言葉として反芻してもセシルはそれをはっきりと理解出来ないでいた。
「あぁ、そうだ。臣下達の承認も得た。お前は正式に俺の王妃となることが決まったんだ」
そう言ってエドアルドはにっこりと笑って見せたがセシルの顔に笑顔が浮かぶことは無かった。
戸惑った顔で虚を見つめるセシルにエドアルドは思わず手を伸ばす。だが、その手は思い切り振りはらわれてしまった。
「・・・セシル」
「どうして?どうして全部一人で決めてしまったの?相談して欲しかったし、私の意見だって聞いて欲しかったのに・・・」
セシルの瞳から大粒の涙が零れた。その涙にエドアルドは衝撃を受けた。
エドアルドの予想とは大きく違ったセシルの反応。怒るだろうか、拗ねるだろうかとエドアルドは悩んでいたがそのどちらでもなかった。
セシルは悲しんだのだ。エドアルドが一人で全て決めてしまったことを・・・。
セシルはこれから二人で共に生きて行くのだから、何でも相談し合いながら決めていきたかったのだろうとエドアルドは今更気付いた。
セシルを自由にしたい。側に置きたいという気持ちだけで先走った行動をとってしまった自分をエドアルドは恥じた。
エドアルドは片膝をつき、セシルの手を取った。セシルはその手を引っ込めようとしたがエドアルドはそれを強く握りしめることで制した。
「セシル、勝手に事を進めて悪かった。俺はお前を少しでも早く此処から後宮から出してやりたかった。此処に居てはお前は自由に家族に逢えないし、図書室以外には出歩けもしない。だが、王妃として王宮に住まえば完全にとまではいかないが此処よりは自由に暮らせるようになる。俺はお前にそれを与えたかったんだ」
セシルは何も言わずにただ、エドアルドを見つめていた。エドアルドは尚も言葉を続ける。
「それがお前のためだとも思った。そう思ったら居ても立っても居られなくなって臣下を集めてお前を王妃にすると宣言してしまった」
そう言った後、エドアルドはセシルの手を握り締める力を緩めた。
「お前にきちんと相談すべきだった。俺たちは夫婦になるんだもんな?何でも話し合っていかなきゃならなかったのに・・・すまなかった」
頭を垂れるエドアルドを見つめながら、セシルの胸から悲しみは消えていた。
いつも自分のことを考えてくれるエドアルド。今回の件は少々先走ってしまったようだがその根底には自分への思いやりがあった。明日というのは早すぎる気がしたが、どのみちいつかはその日を迎えなくてはならなかったのだ。
エドアルドは自分たちは夫婦になるのだと言った。国王と王妃という特殊な間柄である以前に一組の夫婦であることをセシルは改めて認識した。
その認識がセシルに新たな決意を生んだ。
妻としてエドアルドを支えて行くという決意を・・・
セシルはエドアルドの手をそっと握り返した。エドアルドはハッとして顔をあげる。
「・・・今回は許してあげます。でも、次からは何か決める時は相談してくださいね?夫婦になるんですから、当然ですよね?」
そう言ったセシルの顔には輝かしい笑顔が浮かんでいた。
「あぁ。もう二度と一人で先走ったりしない。お前に何でも相談すると誓う」
エドアルドはそう言ってセシルの手に口付けた。