第38話
「陛下、明日の舞踏会のご側室方の出席申請です」
エルンストにそう言われて、エドアルドは数枚の書類を受け取る。パラパラと書類を捲っていた手がふと止まる。
「セシルも出るのか?あぁ、そうか、家族との面会希望か」
セシルがそういう場が苦手なことはエドアルドには分かっている。それでもセシルは家族と面会するのに必要だから無理してあの場に足を運ぶ。その健気な様はエドアルドの胸を熱くする。
・・・早く、王妃として迎えてやりたい
今朝、セシルがそれを受け入れる決意をしたばかりだが、エドアルドはなるべく早くセシルを王妃候補としてお披露目したいと思っていた。
側室は簡単には後宮の外へは出られないし、後宮に入れる男性はエドアルドと護衛兵だけだ。先日のエルンストの立ち入りは非常事態の特例だった。だから側室の段階では家族との面会に夜会や舞踏会の出席が前提になってしまっているが王妃候補はそうではない。後宮ではなく、王宮に住まうようになることである程度だが面会の制限が緩くなるのだ。
簡単にとまではいかないが、なるべく逢わせてやりたい
エドアルドはこれから増えるばかりのセシルへの負担を思い、せめてもの慰めになればとセシルが望めばいつでも家族に逢わせる気でいた。
それを実現させるためには少しでも早くセシルを後宮から出す必要があった。
どうしたものかとエドアルドが考えていた時、エルンストがクラリッサからの書状を持ってきた。内容はセシルに自分が若い頃着ていたドレスをあげたいのでなるべく早く逢いに来てほしいというものだった。
クラリッサがそれほどまでにセシルに逢いたがるとはエドアルドは思っていなかったのだが、それは好機なような気がした。
明日の舞踏会に王太后から送られたドレスを身にまとい、エドアルド共に壇上に上がればそれは王妃候補の披露として申し分ない。
エドアルドはクラリッサに明日、逢いに行くと返事をし、エルンストに臣下たちを集めるように指示を出した。
「・・・あいつは拗ねそうだな」
これからエドアルドはしようとしていることはセシルにはすべて事後報告になってしまう。そのことでセシルが拗ねてしまうのは容易に想像できた。
だが、エドアルドはもう立ち止れない。
「すまない。王妃はお前以外考えられないんだ」
そう呟いてエドアルドは会議室へと向かった。
会議室には突然集められ、不審そうな顔をした臣下たちが揃っていた。その中でテオバルトだけが訳知り顔でニコニコしていた。
「今日、集まってもらったのは他でもない。王妃についてだ」
エドアルドがそう切り出した途端、臣下たちは俄かにざわめき始めた。
「陛下、王妃についてと申しますと、どなたかにお決めになったのですか?」
臣下の一人がそう問いかけると他の臣下も一斉にエドアルドに視線を向けた。
「あぁ、そうだ」
「・・・どなたですか?」
「・・・セシルだ。セシル・ブルックナーを王妃に迎える」
エドアルドがセシルの名を口に出した時、臣下からは驚きの声が上がった。セシルは伯爵家の娘だが、家自体に力はなく、強固な後ろ盾もなかった。セシルを王妃に迎えることで得るものなど何も無いに等しい。
「何故、その方なのですか?失礼ですが、あの方を王妃に迎えて何になります?」
臣下の一人がそう問いかける。他の者もうんうんと頷いている。
「損得で決めて無いよ。陛下は愛してるんだよ、彼女を」
テオバルトがうんざりしたようにそう言って他の臣下をすっと睨んだ。その視線に臣下たちは一瞬怯んだ。
「テオの言うとおりだ。愛する者に側に居て貰いたい。だからセシルを王妃に迎える」
エドアルドは毅然とそう宣言して見せた。それでも臣下たちは引き下がらない。
「しかし、一国の王妃となればそのようなことだけで・・・」
「黙れ。余は貴様らに意見を求めたのでは無い。決定事項を伝えただけだ」
有無を言わさぬエドアルドの態度に臣下たちは黙るしかなかった。
「それから、後宮は解散する」
エドアルドにとって今や後宮は無用の長物であった。セシル以外の女性など彼女たちには悪いがエドアルドにとって煩わしい物以外の何物でもなかった。
「お待ちください!それは時期尚早すぎます!」
臣下が叫ぶ。その言葉にエドアルドは眉を顰めた。
「陛下があの方をどうしても王妃に迎えたいならそれは致し方ありませんが、王妃に御子ができるまでは後宮の存在意義はあるのです!」
臣下はそう言ったが理由はそれだけではない。後宮には他国の姫や臣下の娘たち、力ある貴族の娘など様々な政治的要因で後宮に入れられている者たちが多い。
その者たちに一斉に暇を出すのは容易なことでない。
エドアルドもそれは分かっているつもりだが、今後二度とセシル以外の者の元へ通うつもりが無い以上、いつまでも彼女たちを飼殺しの状態にしておくことが忍びなかった。
交換条件のようなもんだな、これは・・・
臣下たちははっきりとは言わないがセシルを王妃に迎えることを認める代わりに後宮の存続を訴えているのだとエドアルドは感じた。
王妃になれずとも、子を成せばまだ権力を得る可能性がある。
自らの保身のために娘たちを差し出した臣下たちの思惑にエドアルドは吐き気がした。
あの者たちも憐れだな・・・
エドアルドはそう思った。だが、同情はしても愛してはやれない。エドアルドはもう大切な人を見つけてしまったのだから・・・
「・・・分かった。王妃に子が出来るまでは後宮を存続させる。それでいいな?」
エドアルドは交換条件を呑んだ。臣下たちに安堵の表情が浮かんだ。
「で?陛下、何時セシルさんをお披露目すんの?」
事の成り行きを見守っていたテオバルトが問いかける。
「明日の夜。舞踏会の席でだ」
エドアルドがそう答えると臣下たちは顔を見合わせた。
「・・・早いですな」
思わずそういう言葉が出た。それにエドアルドはニヤリと笑って見せた。
「早い方がいいだろ?」
不敵に笑うエドアルドに臣下たちはもう何も言うことが出来なくなった。
これで準備は整った。すべてエドアルドが望んだ通りとまではいかなかったが概ね満足な結果だった。
「・・・拗ねるというより、怒りそうだな」
エドアルドは小さな声でそうつぶやくと思わず溜息をもらしたのだ。