第35話
「あ、居た。兄さん」
王宮をエドアルドが歩いているとテオバルトが声を掛けて来た。
「テオ?何だ?」
エドアルドは立ち止り、そう問いかける。エドアルドの問いにテオバルトは肩を竦めた。
「やだな。今、僕が兄さんに声を掛けるってことは用事は一つじゃない」
テオバルトの言葉にエドアルドは身構えた。それはあの事を指しているのだと分かったからだ。
「・・・そうだな。で、首尾は?」
エドアルドの問いかけにテオバルトはニヤリと笑った。
「準備は出来たよ。仕上げはこれからだけどね。んでも、それもそんなに時間掛からないと思うよ?そうだな、明後日の夜には開演出来るんじゃない?」
「明後日?随分早いな」
「他の人に使うんならもっと時間が掛かる手だけど、あの二人なら二日で十分だよ。簡単に釣れるよ」
「・・・テオ、場所を変えるぞ。詳しい話を聞かせろ」
楽しそうに話すテオバルトに少しだけ呆れながらエドアルドが歩き出す。
「いいよ。行こうか」
テオバルトもそれに続いた。その様子は今にも軽快にステップでも踏み出しそうな
くらい楽しげだった。
「で、どうするつもりだ?」
エドアルドは場所を自身の執務室に移した。内密な話をするには此処が一番いいから
だ。
「今、ゲオルク兄さんの周りにいるのはお金目当ての連中ばかりでしょ?」
テオバルトは作戦を話し始めた。エドアルドは黙ってそれに耳を傾ける。
「奴らはゲオルク兄さんのためじゃなくて、お金のために動くんだ。そこをまず突いたんだよ」
テオアバルトはゲオルクの手駒たちにヘルガよりも高い報酬で雇うと持ちかけたのだという。金に目が無い連中はたった一晩でゲオルクを裏切り、テオバルトに付いたという。
「・・・あいつは人にも恵まれてないな」
話を聞いてエドアルドは少しだけゲオルクが憐れになった。
「そうだね。でも、お金でしか人を動かせなくなった時点で自業自得だよ」
テオバルトはそれが当然の結果だという顔で言った。エドアルドもそう思わない訳ではないが何だかやり切れない思いも膨らんでいた。
「僕の部下の先導で奴らがゲオルク兄さんを褒めて、煽てて、唆してくれることになってるんだ」
「・・・唆す?」
エドアルドが不思議そうに問いかけるとテオバルトはニヤリと笑った。
「ゲオルク殿下は王になるべき人だった。今こそ、エドアルド陛下を亡きものにってね」
それを聞いてエドアルドは思わず頭を抱えた。
「・・・そんな簡単な手に引っ掛かる・・・だろうな、あいつは」
一度は否定しようとしたものの、最近の行動でゲオルクが如何に愚かか身に沁みて分かったエドアルドはそれをすることが出来なかった。そんなエドアルドの様子をテオバルトがニコニコと見つめている。
「・・・俺を襲いに来るように仕向けて、襲ってきたら現場を押さえる気なんだな?」
エドアルドがそう問いかけるとテオバルトの顔から笑みが消えた。そして、真剣な表情が浮かび上がる。
「そうだよ。現場を押さえるのが一番早い。ゲオルク兄さんを迎え撃つのは僕だ。僕と陛下はよく似てる。陛下しか目に入ってないゲオルク兄さんはパッと見じゃ気付かないと思うよ。だから、明後日は陛下のベットを借りるよ?」
有無を言わせぬ口調でテオバルトはそう言った。エドアルドはその様子に深い溜息をついた。
「・・・本当にお前に危険は無いんだな?」
エドアルドの問いにテオバルトはしっかりと頷く。
「無いよ。ゲオルク兄さんが連れてくる連中は皆こっち側だもん。僕に危険が及ぶ前に兄さんを取り押さえることになってる」
テオバルトが一度決めたことを曲げない性格であることはエドアルドはよく知っている。たとえ、危険があったとしても無いとしか答えないことも分かっている。
「・・・分かった。任せたぞ」
だから、そう言うことしかエドアルドには出来なかった。
「うん。任せといてよ」
テオバルトはそう言ってもう一度その顔に笑みを浮かべた。その笑みを見ながらエドアルドはこの弟には本当に敵わないと思った。
幼い頃からどんなに邪険にしても自分の側を離れなかった弟。
気付かれたくないと思っていると、分かっているから何も言わないがエドアルドはテオバルトの気持ちに気付いている。
こいつのことは無くしたくないな
エドアルドもテオバルトに対してそういう気持ちを持っている。それをテオバルトに告げる気は無いのだけれど・・・。
「そんじゃね、兄さん。明後日はセシルさんとこ行けないからさ、今夜と明日の夜は存分に二人の時間を楽しんでおいでよ」
「馬鹿!お前はどうしてそういうことを言うんだ!」
「あははは。だって、毎晩でも一緒に居たいでしょ?」
「黙れ!」
「あ、また『黙れ』って言った」
「だっ五月蠅い!」
結局はこうなってしまう。お互いの胸の内を秘めたまま、他愛ないふざけ合いに終始してしまう。
それでもいいと二人とも思っていた。この時間がずっと続けばそれでいいと思っていた。
明後日の夜に開幕する舞台が無事に終わることをそれぞれの胸の奥で二人は願っていた。