第34話
「お久し振りです。母上」
エドアルドは後宮を出たその足で王太后の元へ足を運んだ。
「あら、陛下。お久し振り」
クラリッサ王太后はエドアルドの突然の訪問を笑顔で受け入れた。
クラリッサはエドアルドが王に即位した折、離宮に移り住んだ。エドアルドは王宮に留まるよう勧めたが、クラリッサはこれからは貴方の時代だからと譲らなかった。
今、クラリッサは離宮で数人の使用人と静かに暮らしている。
「どうしたの?急に来るなんて」
クラリッサはそう問いかけたがその顔は訳知り顔に見えた。
「なんてね、本当は分かってるのよ?お前の可愛い人のことでしょ?」
そう言ってクスっと笑うクラリッサにエドアルドは目を丸くした。
「話には聞いてるのよ?ついに国王陛下の寵愛を受ける者が現れたってね」
楽しそうにそう言いながらクスクスと笑うクラリッサを見ながらエドアルドは噂というのは本当に早く遠くまで届くものだと思っていた。共に過ごすようになって数日しか経っていないのに、もう母の耳にまで届いてしまっている。
逆に言えば、それだけここ数日で騒ぎが起こったということであり、エドアルドの胸に小さな痛みと大きな憤りも生まれた。
「・・・えぇ、まあ、そうです」
エドアルドが照れていると思ったのだろう。少し歯切れの悪いエドアルドにクラリッサは目を細める。
「ふふふ、逢わせてくれるのかしら?お前の可愛い人に」
「えぇ、そのつもりで都合を伺いに参りました」
「私はいつでも大丈夫よ。早く逢ってみたいくらいだわ」
終始楽しそうなクラリッサにエドアルドの胸も安らぐ。父を亡くしてからの母はあまり、笑わなくなった。こんなに楽しそうなクラリッサの顔は久しぶりに見たような気がしていた。
「お前が自分で選んだ女だから、何も心配してないわ」
クラリッサがそう言ってくれたのでエドアルドも笑顔でこう答えた。
「えぇ、間違っても『傾国の美女』なんて呼ばれる類の女性じゃないですよ」
エドアルドの言葉にクラリッサは目を丸くして問いかける。
「まぁ!不器量なの?!」
クラリッサのその反応にエドアルドは溜息をついた。しっかりしているように見えてどこか抜けている母は時々思いもよらぬほうへ話を解釈する癖があるのだ。
「なんでそっちに行くんですか?俺が否定したのは『傾国』の方ですよ」
呆れたようにエドアルドがそう言うとクラリッサはホッとしたように胸に手を当てて息を吐いた。
「あー吃驚した。まぁ、お前が選んだ人なら、私、不器量でも構わないんだけど」
まだ言うかとエドアルドは思いながら口を開く。
「母上、セシルは不器量じゃないですよ。美女って感じでもないですけどね」
「それじゃあ、どういう感じなの?」
クラリッサは興味津津といった目でエドアルドを見つめている。エドアルドはその目に一瞬、たじろいだが仕方なさそうに答えた。
「セシルはその、・・・美人っていうより、可愛いって感じです」
言いながらエドアルドは何を言わせるんだと思っていた。セシルのことをそう思っているのは嘘ではないが、実際口に出して言うのは言いようのない恥ずかしさを伴うものだとエドアルドは知った。
「ふふふ、照れちゃって可愛いわね~」
エドアルドの様子をクラリッサがクスクス笑っている。
「・・・母上」
笑われて不満げなエドアルドの姿にクラリッサは笑うのをやめ、その顔に優しい笑顔を湛えた。
「エドのそんな顔見るのって久しぶりね。セシルさんだったかしら?その子に感謝しなきゃね」
クラリッサの言葉にエドアルドは懐かしい響きを感じた。エドという愛称で呼ばれるのは久しぶりだったからだ。エドアルドが国王になってからは初めてそう呼ばれたかも知れない。
「お前は王になってから我武者羅に走り続けてきた。その間、安らぐ存在も得ようとはしなかった」
クラリッサのから笑顔が消え、真面目な表情になっていた。エドアルドは黙って母の言葉に耳を傾けた。
「ずっと心配してたの。お前の支えになってくれる人が現れないだろうかっていつも 願ってた。・・・やっと現れたと思っていいのよね?」
クラリッサの問いかけにエドアルドは力強く頷いてみせた。
「はい。長い間、心配を掛けてすみませんでした。もう、大丈夫です」
それを聞いてクラリッサが嬉しそうに微笑んだのでエドアルドの顔にも笑みが浮かぶ。
「そのうち、セシルを連れてきます」
「えぇ、待ってるわ」
クラリッサが笑顔で請け負ってくれたのでエドアルドは執務に向かうことにした。
「それじゃ、母上。また来ます」
「エド」
部屋を出ようとしたエドアルドをクラリッサが呼びとめる。その声に足を止め、エドアルドが振り返る。
「お前に何かあったら泣く人がいることを忘れてはだめよ」
クラリッサの思いもよらぬ言葉にエドアルドは目を見開いた。もしかしたらクラリッサは気付いているのかもしれない。エドアルドが何かしようとしていることを・・・。
「・・・分かってますよ。母上」
エドアルドはそう言い残して、クラリッサの元を後にした。