第33話
「セシル、近々母上に逢う機会を設けようと思うんだが」
あの後、暫く二人はベットでじゃれ合って過ごしていたのだが、そろそろエドアルドが王宮に戻る時間が迫っていた。今、二人はニコラ達に手伝って貰いながら服装を整えているところである。
「母上って王太后様?」
「他に誰が居るんだよ?まぁ、母上は俺が決めた人に文句を言うような方じゃないが一度、逢っておいた方がいいだろ」
エドアルドの言葉にセシルは嬉しさと同時に不安を覚えた。
『俺が決めた人』という言葉は嬉しかったがその言葉はつまりは『王妃となる人』という意味合いも持つ。
昨日まで漠然とあった王妃になる可能性が急に現実味を帯びたようでセシルは微かな不安を覚えたのだ。
「セシル?」
返事がないのを不審に思ったのかエドアルドが問いかける。
「・・・えっ?あ、はい。分かりました」
セシルは胸に芽生えた微かな不安を封じ込めてにっこり笑って見せた。
「・・・無理にとは言わないぞ?」
服を整え終わったエドアルドがセシルに近づき髪を撫でながらそう言った。
「え?」
言っていることの意味が分からず、セシルはただ、エドアルドを見上げた。
「まだ母上に逢うこと、というより王妃になる覚悟は出来て無いんじゃないか?」
セシルは思わず、エドアルドを凝視した。
「図星か?」
エドアルドはそう言って困ったように笑った。その顔を見ながらセシルはどうして分かったんだろうと思った。
今までセシルの笑顔の裏側にある感情を見抜ける人間はニコラしかいなかった。そのニコラも長い間一緒に居たからこそそれが分かるようになっただけで、最初は分からなかった。
出会って一年、共に過ごすようになって数日しか経っていないのに、どうしてエドアルドにはすぐに解ってしまったのだろう。
「覚悟が出来るまで待つと言ったのは嘘じゃない。お前がまだ早いと思うなら無理にとは言わないさ」
エドアルドはさらにそう言ってセシルの気持ちを尊重しようとしてくれていた。その様子にセシルはこの人は本当に優しい人だと思った。
本当ならすぐにでも自分を王妃候補として発表したいのかもしれない。
王妃候補は戴冠式を迎えていないことから候補と呼ばれるだけで、実質王妃と変わらない扱いを受ける。王妃候補となれば王宮の一室に住まい、王妃教育を受け、夜会や舞踏会、さらには来賓との謁見までエドアルドの隣に同席することになる。
それがセシルにとって大きな負担になることはエドアルドも分かっているのだろう。だから、セシル自身がそれを受け入れる覚悟を求め、それが出来るまで待つと言ってくれているのだろう。
今まで、父やニコラのほかにそこまで自分のことを考えてくれる人が居ただろうかとセシルは思う。そう思った時、セシルの胸にある想いが芽生えた。
この人の優しさに、愛に応えたい
セシルはその想いに従うことにした。共に過ごすようになって日が浅く、時期尚早と思われるかもしれないがセシルはエドアルドとずっと一緒に居たいと思った。
「ん?どうした?」
セシルの表情が変わったことにエドアルドは気が付いた。セシルはもう一度にっこりと笑って見せた。
「大丈夫、私も王太后様にお会いしたいわ。」
その笑顔の裏にはもう、不安がないことにエドアルドは驚いた。そして、セシルに微笑みかける。
「そうか、じゃあ母上の都合を聞いてその内連絡するからな」
「えぇ」
セシルはエドアルドの妻に王妃になる覚悟を決めた。そのことはエドアルドにも分かった。だが、二人ともそれを口に出そうとはしなかった。言葉にしなくても分かりあえるそんな気がしていた。
「ではな、セシル。・・・また今夜な」
エドアルドはセシルから一歩離れてそう言った。
「はい、お待ちしております」
セシルはそう言って頭を下げた。
「・・・セシル」
エドアルドが少し不満そうに名を呼ぶ。セシルが顔を上げるとエドアルドは表情にも不満を滲ませている。
「どうしたの?」
訳が分からないというようにセシルが問いかけるとエドアルドはセシルに顔を背けながら呟いた。
「昨日の約束は?」
昨日の約束と言う言葉にセシルは最初ピンとこなかったが、思い至るとクスっと笑った。
「ふふふ、いってらっしゃい、エドアルド」
セシルから欲しかった言葉を聞いて、エドアルドは満足そうに頷くと部屋を後にした。