第26話
「陛下の命で来たのか?」
コンラートはそう問いかけた。仕立て屋と名乗った男は憮然とした表情で答えた。
「先程も申しました通り、我らは国王陛下の命にて参上いたしました。・・・お疑いになられるので?」
コンラートはこの集団を怪しいと思った。後宮に来た商人や仕立て屋は皆、女官長の引率を受けて後宮を歩く。
この集団は女官長抜きで現れた。怪しむなという方が無理だ。
「・・・女官長殿はどうした?一緒では無いようだが?」
コンラートの問いかけに、男はこう切り返す。
「女官長様のお許しは受けております。ご確認くださいませ」
「しかし・・・」
「我らは陛下の命でここにいるのです。その我らをいつまでここに立たせて置く気でございますか?」
コンラートはこの集団をセシルの部屋に入れる訳には行かないと思った。だが、王の命を受けていると主張され続け、このままここに置いておけない状況だった。
「・・・分かった」
コンラートは仕方なく、部屋の扉を叩いた。
「ニコラ殿」
中に居るニコラに呼びかけると扉が開かれた。
「・・・どうなさいました?」
ニコラは部屋の前にいる集団が気になり、コンラートに視線を送る。コンラートは小さく頷いて口を開く。
「陛下の命を受けて参った仕立て屋だそうです。セシル様のドレスを仕立てるよう命を受けたそうです」
コンラートの言葉を聞いて、ニコラはすっと表情を引き締めた。
「そうですか、では、お入りください」
仕立て屋だと名乗る集団が部屋に入っていく。全員が部屋に入った後、扉の近くに立っていたニコラにコンラートが小声で言った。
「・・・ニコラ殿、くれぐれもご注意を。この集団はどうも怪しい」
ニコラは小さく頷くことでそれに答えた。
廊下に残ったコンラートは詰め所の中に声を掛ける。
「アルトゥル、エアハルト」
声を掛けられた二人は詰め所から出て来た。
「どうした?」
エアハルトが問いかける。コンラートは早口で話した。
「陛下の命を受けたという仕立て屋が来たのだが、どうも怪しい。お前たち、部屋の中を見張っててくれ。俺は女官長に確認を取りに行ってくる」
「分かった」
アルトゥルはそう答えると侍女室へ入ろうとした、セシルの部屋の入口より、部屋に併設されている侍女室からの方がセシルから距離が近いからだ。それにエアハルトも続く。
「もしもの時は頼むぞ!」
二人にそう言い残してコンラートは女官長の元へ走り出した。
部屋に通された仕立て屋を名乗る男はセシルの前に来ると恭しく頭をさげた。
「お初にお目にかかります。私、陛下の命にてセシル様のドレスを仕立てるため、採寸と好みの聞き取りに参りました」
「はぁ。どうも」
セシルはそう言って頭を下げたが、どうも腑に落ちなかった。
先程逢った時、エドアルドは何も言ってはいなかった。仕立て屋をよこすなら前以て言ってくれるはずだ。急に来られてはセシルが困ることをエドアルドは分かっているだろう。セシルは自分が
困るようなことをエドアルドがするとは思えなかった。
共に過ごすようになってそう長い時間は経っていないが、セシルの中でエドアルドそういった部分での信頼は強くなっていた。
その信頼がこの一団を信用することに警鐘を鳴らす。
普段は人を疑うことなどしないセシルだが此度は少々違う。
自分がどんな状況になっているのかはダニエラ達の態度とコンラートの言葉、そしてゲオルクが襲来したことにより十分理解した。
・・・守られるだけじゃ駄目・・・
セシルはそう思った。そして目の前の集団を警戒することに神経を注いだ。
「女官長殿!」
扉を叩くこともせずに駆けこんできたコンラートに女官長は驚いた。
「何事です?!」
「先程、陛下の命を受けたという仕立て屋がセシル様のところへ来た。何か聞いてらっしゃいますか?」
コンラートの言葉に女官長は狼狽した。
「そ、そのような話は聞いておりません!」
「なんですって?!」
詰め寄るコンラートに女官長はハッとしたように言った。
「・・・まさか、あの者たちが・・・」
「あの者達ってなんですか?!」
「先程、ダニエラ様のところへ来たという仕立て屋が参りました。その者たちをダニエラ様の元に送った後、私は急に呼び出されてその場を離れました。もしかしたらあの者たちが・・・」
そこまで聞いてコンラートは踵返し走り出した。
「女官長!後宮の警護兵たちをセシル様の元へ行くよう手配を!私は先に戻ります!」
「分かりました!」
走り去るコンラートの背に叫ぶように応えると女官長も警護兵長の元へ走り出す。
どうか、ご無事で!
全力で走る二人の胸には同じ想いがあった。
部屋ではセシルが一定の距離を保って、仕立て屋と対峙していた。侍女室への扉の近くの椅子に浅く座り、いつでも立ちあがれるようにもしてある。
ニコラはセシルは危険に疎いと嘆くが、セシルは危険に対する対処を知らないわけではない。だた、使う機会がなかっただけだ。
「・・・セシル様、そうように離れた場所にいらっしゃらず、どうかこちらへ」
仕立て屋が促す。
「いいえ。ここでいいわ」
セシルが其れを受け流す。仕立て屋が部屋に入ってからこの攻防は既に何度も行っていた。
ニコラを元とする3人の侍女はセシルの横に立ち、やはり集団を警戒していた。そして、3人共いざというときは己が盾になろうと心に決めていた。
アルトゥル達は侍女室とセシルの自室を繋ぐ扉を少しだけ開き、中を窺っていた。
「なぁ、確かに怪しいが、昼間の後宮で堂々と仕掛けてくるだろうか?」
エアハルトは小声でアルトゥルに問う。
「そう思うのも分かるが、そこを逆手に取るってことも考えられるだろ?」
アルトゥルの言葉にそうかも知れないと思ったエアハルトは気を引き締めた。
それぞれが相手の出方を窺っていた中、突然扉が開け放たれた。
「セシル様!御逃げください!」
コンラートの叫びを受けてセシルは侍女室へと走り出す。
「何の真似だ?!」
仕立て屋が叫ぶ。
「それはこちらの台詞だ!お前ら、陛下の命など受けていないだろう!!」
コンラートが叫びながら、腰に帯刀している剣に手を掛けた。
「くそ!何が甘ちゃん揃いで簡単に騙せるだ!もうバレたじゃねぇか!」
集団は隠し持っていた武器を取りだし、侍女室に走るセシルを追いかけた。
「セシル様!お早く!」
侍女室の扉を開け、エアハルトが叫ぶ。そう遠い距離では無いはずなのにやけに遠く感じながらセシルは懸命に走った。
後に続いていたニコラ達がセシルを押しこめるようにして部屋へと入る。
入れ替わりでアルトゥルとエアハルトが部屋を飛び出し、扉を閉めた。
「ぐはぁっ!」
扉の向こうで聞こえた声にセシルは驚愕する。
「アルトゥル?!どうしたの?!」
扉に縋りつき叫ぶ。その声にアルトゥルは力強く答えた。
「剣先が掠っただけです!大事ありません!」
その時、廊下側の扉から数人の騎士と共に女官長が駆けこんできた。
「セシル様!大事ありませんか?!」
「女官長・・・大丈夫、怪我はしてないわ」
その言葉に女官長と騎士達に安堵の表情が浮かんだ。
騎士はセシルの部屋にも来たらしく、扉の向こうの喧騒は一層激しくなった。
それを感じながら、セシルはアルトゥルの身を案じていた。