第25話
「セシル様、私は厨房へ昼食を受け取りに行って参ります」
後宮の自室に戻ったセシルにモニカがそう声を掛けた。
「モニカが行くの?」
その申し出にセシルは小首を傾げた。今までそれはニコラの役目だったからだ。
「人数が増えましたからね、今まで私が一人で行ってきた仕事を三人で分担することになったのですよ。食事の準備はこれからはモニカさんの仕事になりましたから、セシル様のそのつもりでいてくださいまし」
その疑問にすかさずニコラが応える。イーナは分担することになったとは聞いていなかったが、空気を読み、口を挟まなかった。
「そうなの?分かったわ、いってらっしゃいモニカ。気をつけてね」
セシルはニコっと笑ってモニカにそう言った。
「・・・はい、行って参ります」
まさか笑顔でいってらっしゃいと声を掛けてもらえると思っていなかったモニカは一瞬、反応が遅れた。だが、すぐに気を取り直して、扉に向かい歩き出した。
そうして部屋を出たモニカはふぅっと息を吐いた。
主から笑顔で『いってらっしゃい』なんて初めて言われたわ・・・
モニカはすっと表情を引き締め、厨房へと歩きだした。
「セシル様、私は何を致したらよろしいですか?」
モニカが去った部屋でイーナが問いかける。
「そうね、図書室から借りてきた本を片づけてくれる?」
「畏まりました」
セシルの言葉を受けてイーナが机の上の本に手を伸ばす。
「・・・これは」
一番上に置かれた本にイーナの目が釘付けになった。その様子をセシルがニコニコと見つめている。
「イーナ、その本が気になるなら読んでもいいのよ?それはお前のために借りて来たのだし」
「えっ?あの、それは・・・」
セシルに言葉にイーナは驚いた。
私のためって今おっしゃった?
その様子にセシルは微笑みながら語りかける。
「図書室でその本のこと見てたじゃない?気になってるんだろうなぁと思って借りて来たんだけど、違ったかしら?」
セシルの言葉にイーナは驚いた。
・・・気付いてらっしゃったの?
室内を見て回りながらふと、視界の隅にその本が見えた。その本は10年前、国が混乱している最中に出版された本で、それ故に発行部数が少なく、幻の本とまで言われていた。
一度読んでみたいと思っていた本が目の前にあった。
思わず、それを凝視してしまった。だか、すぐに今は仕事中だと思い直し、そこを離れた。
そう長い時間そうして居た訳ではない。それなのに気付かれてるとは思わなかった。
「イーナ?」
イーナを呼ぶセシルの声は先程と打って変わって不安げだ。イーナが何も言わないので自分の勘違いかと不安になったようだ。
「・・・有難うございます、セシル様。私、この本をずっと読んでみたいと思っておりました」
イーナが本を胸に抱き、深々と頭を下げた。その様子にセシルは安堵の表情を浮かべる。
「やっぱりそうだったのね!よかった、勘違いじゃなくて。返却期限ってとくに無いから気にせず、ゆっくり読んで大丈夫よ」
自分のために本を借りて来てくれた上に、ゆっくり読んで大丈夫だと気遣ってまでくれるセシルにイーナは胸が熱くなった。
先程、セシルの芯の強さに触れ、セシルに心酔し始めているイーナは益々その想いを強くした。
「戻りました」
そこにモニカが戻ってきたので各々は昼食を取る準備を始めた。
昼食を終え、セシルとイーナは読書をし、ニコラとモニカは刺繍をして過ごして居た。コンラートは扉の前に立ち、アルトゥルとエアハルトは詰め所で剣の手入れをしている。その様子は穏やかな昼下がりといった感じで皆、それぞれ安らぎを感じていた。
そんな中、コンラートは人が近づいてくる気配を感じ、廊下の向こうに視線を向けた。
廊下の向こうから、仕立てのいい服を纏った男を先頭に紙やら布やらを持った集団が現れた。
コンラートの前までくると男は一礼してこう言った。
「我らは仕立て屋にございます。国王陛下の命により、セシル様のドレスを仕立てに参りました。」
穏やかな昼下がりの終わりを告げる。突然の訪問だった。