第24話
「御帰りなさいませ・・・皆どうしたのだ?」
セシルたちを出迎えたアルトゥルはコンラート達の顔を見て思わず問いかけた。コンラート達は皆、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだ。
「ただいま、アルトゥル。ちょっと色々あったの。でも、もう大丈夫よ」
セシルはにっこり笑ってそう答えて部屋の中に入って行った。残されたアルトゥルは訳が分からないといった表情だ。
「アルトゥル、その件は俺から話そう。エアハルト、戻って早々悪いがアルトゥルと交代してやってくれ」
コンラートはそういうと先に詰め所に入って行った。戸惑うアルトゥルにエアハルトが声を掛ける。
「俺のことは気にしなくていいから、早く行けよ」
エアハルトに促され、アルトゥルは詰め所に入って行った。
「そうようなことが?!」
先程のゲオルクとの一件を聞かされたアルトゥルは仰天した。
「あぁ。陛下か来てくださらなければどうなっていたか、分からない。殿下はからかっただけだとおっしゃったが、・・・あの目は本気だったように思う・・・」
王宮に居る者であれば、ゲオルクとエドアルドの関係がよくないということは誰でも知っている。アルトゥルもそんな話は聞いていた。だが、まさかエドアルドの寵室であるセシルに手を出してくるとは思って
居なかった。
自分はとんでもない方の警護についたのだな・・・
アルトゥルはそう思い、溜息をついた。
急に言われた配置換え、側室の護衛をしろと言われてアルトゥルは内心嫌だった。側室となっているのは貴族の娘たちばかりで自分たちは特別なのだという思いを隠さず、横柄に振る舞っている。
アルトゥルはそういう女性が嫌いで出来れば関わりたくないと思っていた。
セシルに逢ってみて、他の側室とはどこか違う人だとは思った。自分は特別なのだとは思っていないようだし、横柄どころかその態度は慎ましい。そして、自分に頭を下げた姿には大変驚いた。
だが、それだけだ。然してセシルに興味を抱いてはいない。ただ、命令されたから守るだけだ。
最初の頃に比べれば、守ることが苦では無いことくらいしかアルトゥルの心境に変化は無い。
「しかし、あれだな。陛下と過ごされた後のセシル様は本当に晴れやかな笑顔をしてらっしゃった。きっと、セシル様にとっても陛下は特別なんだろうな」
コンラートがしみじみと呟く姿を見てアルトゥルはそういえばと思いだす。
「コンラート、お前は俺とエアハルトと違い、自ら進んであの方の護衛になったらしいな?どうしてだ?」
一度、聞いてみたいと思った。何が彼にそうさせたのかは興味があった。
「あの方は不思議な方だ。貴族の、伯爵の娘でありながら、人と人との間に身分など関係ないと思ってらっしゃるようだ。俺たちにも頭を下げ、感謝の言葉を口になさる。興味があったんだ。だから、側で見て居たいと思った。それが最初の理由だな。」
雄弁と語るコンラートをアルトゥルは黙って見つめたいた。コンラートは尚も語り続ける。
「側に居るようになってわかったことがある。あの方は泣かないんだ。 どんな目に合おうと決して涙を見せようと為さらない。泣くかわりに微笑むんだ。そうすることで周りに心配や迷惑をかけまいとしてらっしゃるんだと思う。」
コンラートは一度、言葉を切った。すぅっと息を吐いて次の言葉を口にする。
「それに気付いた時、守りたいと思った。この純真で真っ直ぐな少女を傷つけるものから守りたいと・・・皆も同じ気持ちだと思う」
皆も同じという言葉にアルトゥルは眉を顰める。自分はまだそこまでセシルのことを想ってはいないからだ。
アルトゥルの様子に気付いて、コンラートが言う。
「アルトゥル、お前にも分かる時がくる。それまで、義務でいいからセシル様をしっかり守れ」
「・・・守るのは仕事だ。ちゃんとやるさ」
アルトゥルはそう答えながら思う。
・・・そんな時が本当にくるのだろうか?
半信半疑のまま、アルトゥルは詰め所の扉を見つめ、その向こうのセシルに思いを馳せた。