第22話
「ここまでしか送ってやれなくて、すまない」
後宮の入口まで来た時、エドアルドがそう言った。
「いいえ、ありがとうございました」
セシルはエドアルドに頭を下げた。他の者もそれに続く。
あの部屋でしばらく過ごした後、後宮に戻るというセシルにエドアルドはもう少しだけ一緒に居たいとの想いから入口まで送ると言った。
執務中であるにも関わらず、自分に時間を割いてくれたエドアルドにこれ以上を望むのは申し訳ない気がして、セシルは最初、その申し出を断った。
だが、セシルに断られて寂しげな表情を浮かべるエドアルドを見たとき、自らの中にあった、もう少しだけ一緒に居たいという想いに、セシルは蓋が出来なくなった。
「・・・もう少しだけ一緒に居てくださいますか?」
セシルの口から自然に言葉が紡がれる。エドアルドは一瞬、目を見開いたがすぐに破顔した。
「もちろんだ。俺からも頼む。もう少しだけ一緒に居させてくれ」
エドアルドの言葉にセシルはニコっと微笑んだ。それを受けてエドアルドも微笑む。そうして、どちらからともなく笑い声が漏れる。
二人は笑いあいながら部屋を後にしたのだ。
「ではな、セシル。また今夜な」
エドアルドは名残惜しそうにセシルの髪を一撫でした。
「はい、お待ちしております」
セシルはにっこりと微笑んでそういうとエドアルドにもう一度、頭を下げ後宮へと歩き出した。
去りゆくセシルの背中をエドアルドは見えなくなるまで見つめたいた。
「こんなとこで何してんの?陛下」
後宮の入口にエドアルドが立っていると横から不思議そうな声が聞こえた。
「テオ」
そこにはエドアルドがよく知る人物が立っていた。
「また共も付けずに歩いちゃって、エルンストに怒られるよ?」
テオと呼ばれた青年はエドアルドにそう言いながら近づいた。
「黙れ。お前だって一人じゃないか」
青年は肩を竦めてこう返した。
「僕はいいんだよ。僕を殺したって得する人いないじゃないか。でも、陛下は違うでしょ?」
その態度を見るとエドアルドはいつも思う。
この弟は本当に厄介な奴だと・・・
テオバルト・フロリアン・アルコーン
彼はエドアルドの弟にあたる。歳は22歳。王位継承権は3位。
兄二人と同じように先王譲りの銀髪を持ち、その面差しはエドアルドによく似ていた。歳は離れているのにその容姿は双子のようだとよく言われるが、二人は同母ではなく、テオバルトもまた、ゲオルクと同じように側室の産んだ王子であった。
彼の母やその支援者はテオバルトを王にしようと一時期は画策していたのだが、テオバルト本人が王位に興味が無く、勝てるかどうか分からない争いを続けるより臣下として安定した暮らしを送った方がいいと考える現実主義だったため、それを諦めた。
今、彼は財務大臣としてエドアルドの内政を助けている。
「真昼間の王宮で仕掛けてくる奴はいないだろ」
エドアルドはうんざりしたようにテオバルトに言う。
「ゲオルク兄さんなら仕掛けられる」
テオバルトは間髪入れずにそう切り返した。エドアルドの顔が微かに歪む。
「さっきゲオルク兄さんが気持ち悪い笑顔で歩いてたけど?陛下、何かされたんじゃないの?」
エドアルドは舌打ちをし、テオバルトから目を逸らす。
「やっぱりそうなんだ。何されたの?」
テオバルトは興味津津といった様子だ。
「・・・知りたいか?」
エドアルドは仕方なそうに問いかけた。それにテオバルトは力強く頷くことで応えた。
「ここじゃなんだな・・・着いてこい」
歩き出すエドアルドの後ろをテオバルトは嬉々として着いて行った。