第21話
「・・・嫌な目に合わせたな。すまない」
エドアルドはセシルにそう声を掛けた。セシルはちいさく首を横に振るとエドアルドの腕の中からそっと離れようとした。
「セシル?」
セシルのそんな様子を感じ取り、エドアルドはそれを制するように少しだけ腕に力を込める。セシルはエドアルドの顔を見上げた。
「・・・執務中でらっしゃるのでしょう?もう、大丈夫ですから」
「気にするな」
エドアルドはセシルを離さない。セシルは困ったような顔しながらこう言った。
「本当に大丈夫です。それに、ここは・・・」
王宮の廊下でいつまでもこうしているわけにはいかないとセシルは思った。セシルが呑みこんだ言葉をエドアルドは察し、辺りを見渡す。幸い人影は無さそうだ。
「・・・そうだな。セシル、こちらへ来い」
エドアルドはセシルを抱きしめていた腕を解き、セシルの肩を抱いて歩き出す。
「え?」
セシルは戸惑いながらもエドアルドに従って歩き出した。
「このまま帰すのは忍びない。どこか休める所へ行こう」
エドアルドの優しさに触れ、セシルは昨夜感じた胸の中に何かが込み上げてくる感覚を再び感じていた。
「お前たちも休んでいろ、隣の部屋を使って構わん」
王宮の一角、来賓用の寝室の並ぶ場所まで来ると、その中の一室にセシルと足を踏み入れながらエドアルドはそう言った。残されたニコラ達は顔を見合わせた。
「私とエアハルトは扉に前に控えております。ニコラ殿達はどうぞ、中でお休みください」
コンラートに促されて、ニコラ達は部屋に入って行き、コンラート達は扉の前に立った。
「お前、図書室に行ったのか?」
セシルをソファに座らせながらエドアルドが問いかける。
「はい。本を借りに」
セシルの答えを聞きながらエドアルドはセシルの横に座り、そっと抱き寄せる。
「そうか、よく行くのか?」
「えぇ。本を読むのが好きなんです」
「そうか」
それきり、エドアルドは何も言わず、セシルを抱きしめながらその髪を梳かしていた。その様子が何事を考え込んでいるように思えて、セシルは小首を傾げた。
「陛下?」
セシルの呼びかけにエドアルドは考え事をやめて、クスっと笑った。
「さっきはエドアルドと呼んだくせに、もう陛下か?今は二人きりだぞ」
からかうようにそう言われてセシルはあたふたと慌てた。
「さ、さっきは必死でしたから!」
その様子にエドアルドはクスクス笑っている。
「もう!陛下なんて知りません!」
セシルは両手でエドアルドを押しのけ、そっぽを向く。拗ねたらしい。
「また陛下と呼んだな?」
エドアルドはセシルの顔を両手で包み、グイッと自分の方を向かせる。拗ねているセシルはエドアルドと目を合わさない。
「何だ?昨夜みたいに口付けしなきゃ呼んでもらえないのか?」
「何をおっしゃっ!」
エドアルドの言葉にセシルが驚いて視線をエドアルドに向けた時には既にエドアルドの顔が目の前にあった。避ける間もなく唇を奪われた。
セシルはエドアルドの胸を両手で軽く叩いて抗議したが、エドアルドはその手を握り締めて引き寄せ、セシルの体を抱きしめた。
ぴったりと抱き合うような形になった時、セシルは何も考えられなくなっていた。
ゆっくりとエドアルドが唇を離す。セシルはそれをぼうっと見つめた。
「・・・陛・・エドアルドは意地悪ですね」
陛下と呼びかけたセシルをエドアルドは心底可愛いと思った。
「お前の反応が可愛いからついな」
エドアルドはセシルの髪を撫でながらそう言った。
「あんまりすると嫌いになりますよ?」
セシルは上目づかいでわざとそう言った。
「そいつは困るな」
エドアルドが本当に困ったような顔をしたのでセシルはクスっと笑った。
「ふふふ、冗談です」
セシルがそう言うとエドアルドの顔に笑みが浮かんだ。
「ふっ、お前も意地悪だな」
そう言ってエドアルドはセシルを抱きしめる。セシルも素直にそれを受け入れる。
二人はそうしてしばらくの間、その部屋で甘い時間を過ごした。