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第18話

「ねぇ、ニコラ。図書室に行こうと思うんだけど」


何をしようか考えていたセシルはニコラにこう切り出した。側室は基本、後宮の外へは出られないが、王宮の中にある図書室には出向くことを許されていた。読書が趣味のセシルはそこに通うのが好きだった。


流石は王宮の図書室だけあって規模は小さくても貴重な蔵書や珍しい本。国内外の有名作家の著書に精密な図鑑なんかが揃っていてセシルはいつもわくわくしながら足を運んでいた。


「よろしいんじゃございませんか?では、参りましょうか」


ニコラが応えるとイーナとモニカが自分たちも付いていくと申し出た。セシルはやんわりと断ったのだが聞き入れてはもらえなかった。


「セシル様、どちらかに御出掛ですか?」


扉の前で警護にあたっていたコンラートが声を掛ける。


「えぇ。図書室に行こうと思うの」


「そうですか。では御供致します。アルトゥル、エアハルト」


コンラートはそう言って、詰め所の中に声を掛ける。セシルは侍女を三人従えて歩くことにさえなんだか大げさな気がしていたのに騎士まで従えて歩くことになるのは正直避けたかった。


「コンラート、ニコラ達が付いてきてくれるから平気よ」


その言葉にコンラートは困ったような顔をした。


「セシル様、我々から仕事を取りあげないでいただけませんか?」


詰め所から出てきたアルトゥルとエアハルトもコンラートの言葉に軽く頷く。セシルはこれ以上ごねるのは申し訳ないような気がして同行を許すことにした。


セシルの前をコンラートとエアハルトが歩き、セシルの両脇にイーナとモニカが付き、ニコラがセシルの後ろを歩いた。アルトゥルはセシルの部屋の前に残り警護を続けている。


「部屋を完全に無人にするわけには参りませんので」


そう言ってアルトゥルは一同を見送った。



後宮の廊下を歩いていると前から華やかな一団が現れた。中心にいる人物はセシルと同じエドアルドの側室の一人である、ダニエラ。


ダニエラ・ベルンシュタイン


歳は23歳。彼女は長く伸ばした金髪の巻き毛を見せつけるように下ろしていて、その豊満な肉体を誇示するように胸のあいたドレスをいつも身につけている。萌黄色のぱっちりとした瞳、ぷっくりとした唇は赤い口紅に彩られ、何ともいえぬ色気を発していた。通例は三年で後宮を出される筈が彼女は五年、ここにいる。それは王妃に一番近いからではないかと、言われている。エドアルドが妻を娶る余裕ができるまで留め置かれているのだと噂されている。本当の理由はそんなことではないのだが・・・


彼女の父が王宮で大臣をしていること、彼女が側室達の中で古株であることが理由かは分からないが数人の側室が彼女を取り巻き、いつも誰かが側にいた。本日の面子には昨日、セシルに嫌みを言ったあの側室の顔もあった。


「これはこれは・・・随分と偉くなってものですわね。セシルさん」


ダニエラはセシルとの距離が縮まるやいなやそう切り出した。


「・・・ごきげんよう。ダニエラさん」


セシルはそう返しただけで他には何も言わなかった。その態度にダニエラが片眉を吊り上げる。


「一体どんな手を使って陛下を誑し込んだのかしら?ご教授願いたいわねぇ。皆さんもそう思うでしょう?」


ダニエラの言葉に側室たちは大げさに笑って見せた。セシルの周りを固めているコンラート達は皆、一様に顔を顰めた。


「ダニエラ様、セシルさんは清純そうに見えて稀代の床上手でらっしゃるのかもしれませんわよ?」


昨日、庭園でセシルに嫌みを言ってきた側室がパッと思いついたように言う。その顔にはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた。


『床上手』という言葉にセシルは赤面する。そっちの方面には疎いセシルでもその言葉と意味くらいは知っていた。



体を交えたこともないのに・・・・



セシルは声高にその事実を叫びたかったがグッと我慢した。口答えすることは事態を悪化させると考えたからだ。


こういう人を傷つけよう、馬鹿にしようとしている人間は言いたいだけ言わせれば満足して去っていくことをセシルは身を持って知ってる。


相手が満足するまで耐えればいいと母や兄の仕打ちがセシルに教えた。



俯き、下唇を噛んで必死に侮辱に耐えているセシルの姿がコンラートの視界の端に映り込む。コンラートは胸に怒りが湧きあがるのを感じていた。


「あまり、そういう態度を御取りにならないほうがよろしいかと存じますが?」


コンラートが口を開く。その瞳に込められた気迫にダニエラは一瞬、怯んだがすぐに叫んだ。


「どういう意味よ!」


コンラートはダニエラを睨みつける。騎士であるコンラートはその視線に感情を乗せる術を心得ている。通常、戦地にて敵を威嚇する際に用いる術だが、コンラートはそれをダニエラに向けた。視線に乗せられた感情は怒り・・・。ダニエラはその視線を真正面から受け、我知らず慄いた。


「何かあれば、些細なことでも報告するように命を受けております。先程のような振る舞いも例外ではございません」


ダニエラは押し黙ったまま、コンラートの言葉を聞いていた。何か言い返したくても声が出ないのだ。それほどまでにコンラートの怒気のこもった視線には威力があった。


「これ以上、セシル様を侮辱なさるのならば、こちらもそれ相応の手段にでますが、よろしいですか?」


コンラートはそう言いながら視線に感情を込めるのをやめた。漸く体の自由を取り戻したダニエラはコンラートに向かい叫んだ。


「この子付きになったからっていい気になるんじゃないわよ!お前なんて、この子が陛下から飽きられればその任を解かれてただの一騎士に逆戻りよ!ぼーっと廊下の隅に突っ立てるのが落ちだわ!行きますわよ!皆さん!」


ダニエラは一気に捲くし立てると取り巻きを引き連れ廊下の角に消えた。


「セシル様・・・」


気遣しげなニコラの声に顔を上げたセシルの視界に飛び込んで来たのは自分を苦しげな表情で見つめる一同の顔だった。


「・・・大丈夫。行きましょ」


セシルは無理やり微笑んで見せた。そう、いつもと同じように・・・


その微笑みにそこにいる者たちは皆、胸を打たれた。


元々、セシルに忠誠を誓い、守ると覚悟を決めているニコラとコンラートはもちろんだが、セシルのために役に立とうと決めたモニカ、そして、然してセシルに興味を抱いていなかったイーナとエアハルトですらその笑顔から目が離せなかった。


この状況で微笑む芯の強さに心が打ち震えるのを全員が感じていた。


セシルが一歩踏み出す。それを合図に皆、気を引き締めた。


前を見据え、歩を進める彼らは言葉に出さずとも全員が同じ気持ちであることを感じていた。それぞれがちらりとセシルに視線を走らせる。そして、胸の中で静かに誓った。




この方は絶対に守る・・・



アルトゥルが置き去りになってしまった・・・



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