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第16話

「さてと・・・」


エルンストは昨夜、エドアルドから申し付けらた事の手配を始めた。後宮の警備を改めるより、セシル付きの護衛騎士を新たに配属した方が早そうだ。セシルには侍女がニコラ一人しかいないようだったので

新たに侍女をこちらで二人ほど用意しようと考えた。


「しかし、あの陛下がねぇ・・・」


エルンストは昨夜のエドアルドの態度を思い出すとしみじみと呟いた。


幼き頃より王となるべく育てられ、その胸の内をエルンスト以外誰にも悟らせることなく、完璧なまでに王の仮面を被って生きてきたエドアルド。そんな彼の仮面が公衆の面前で剥がれた。しかも、一人の少女がその理由であることがエルンストはいまだに信じらない想いだった。


エルンストは元はエドアルドの教育係の一人だった。貴族に生まれながら華やかな世界で生きることより、学者として、文官として生きることを望み、20歳の頃、王宮に仕官した。


年若くても、学ぶこと、努力することを惜しまぬその姿勢は他の文官の中でも評判になった。その仕事ぶりも優秀で上官や同僚から一目置かれていた。


エルンストにエドアルドの教育係として白羽の矢が立ったのはその才を認められたからだった。


エルンストがエドアルドの教育係になったのはエドアルドが10歳の時であった。その時エルンストは25歳。15歳しか歳が離れていない教育係は若すぎるとの批判もあったが、エルンストは己に与えらた仕事をきちんとすればそんな声はすぐにやむと気にしなかった。


初めてエドアルドに逢った時、エルンストはなんて冷めた瞳をした子供だと思った。王太子として厳しく育てられたとしてもこの瞳は異常だと思った。



この瞳はだれも信用していない証ではないか?



エルンストの予感は的中した。エドアルドは自身の乳母もそば近くで仕える自分たち教育係のことも一切信用してはいなかった。


「殿下、何故そのように頑なに人を信用為さらないのですか?」


エルンストは堪らず、問いかける。すると、エドアルドはふっと笑った。その仕草が子供とは思えぬほど大人びていてエドアルドは眉を顰める。


「では聞くが。エルンスト、お前は俺に忠誠を誓っているか?」


「当たり前でございます」


「ふっ、口では何とでも言える」


「・・・殿下」


一体何がそこまでこの幼い主をそうさせるのか。エルンストは考えを巡らせたが分からなかった。思い当たることが多すぎて一つに絞れないのだ。


王太子はエドアルド一人だが、王の子供はエドアルドだけではない。


子を持つ側室やその家族、支援者たちはエドアルドの存在が邪魔だった。隙あらば彼の命を奪おうとする動きはエドアルドが生まれたころからあった。特にエドアルドの兄であるゲオルクとその母ヘルガはエドアルドを憎んでさえいた。


エドアルドが生まれるまで、王の子供の中で男児はゲオルク一人だった。このまま王妃に男児が生まれなければ後継ぎは彼であるはずだった。本人も周りもその気になっていた矢先、エドアルドが生まれたのだ。


エドアルドが生まれたことでゲオルクとヘルガは手のひらを返されたような扱いを受けるようになった。ゲオルクの王位継承権は1位から2位に格下げされ、後継ぎを産んだと持て囃されていたヘルガは後宮の隅に追いやられた。


エドアルドの命を狙うものは多い。だが、その中心人物はヘルガ親子である。


聡い子供だったエドアルドは自身を取り巻く状況に物心ついた頃から気付いていた。自分の命を狙う者がいること。自分の周りにもその者の手の者が潜んでいること。そして、自分の命を狙っているのが他ならぬ自分の兄弟、姉妹の関係者であること・・・。


その状況で人を信用しろというのが無理な話だ。しかし、エドアルドは先程のエルンストの態度が少々気になった。


面と向かって自分に意見してくるものなど初めてだった。自分を心配しているようにも見えた。



妙な奴だ・・・



エドアルドはそう思って、机の上の紅茶に手を伸ばした。


「殿下!それを呑んではいけません!」


言うなりエルンストはエドアルドからティーカップを取りあげると中に満たされていた紅茶を一気に呑みほした。


「グッ・・・」


エルンストが胸を押さえて倒れ込む。襲い来る苦痛に耐えながらエルンストは思った。



やはりな・・・、と



先程から部屋の隅に控えている女官の様子が気になっていた。前を見据えて、腹の前で手を組み、本人は平然としているつもりだろうが、その視線がちらちらとエドアルドを窺っていた。エドアルドが紅茶に手を伸ばした瞬間、その手にグッと力が込められたのをエルンストは見逃さなかった。


確証はなかった。だが、迷っている暇はなかった。エルンストはエドアルドに駆け寄り、その紅茶を奪って呑みほしたのだ。


「エルンスト!どうした?!」


エドアルドが膝を折り、倒れ込むエルンストに声を掛ける。エルンストの視線が扉の方に向けられる、其れを追ってエドアルドが視線を走らせると女官が大慌てで出て行く姿が見えた。


「あいつか?」


エルンストが微かに頷くのを見て、エドアルドが叫ぶ。


「あの女官を捕らえよ!それから医者だ!医者を呼べ!」



対処が早かったこととエルンスト自身が毒に対して耐性を身に着けていたことによりエルンストは一命を取り留めた。しばらく養生が必要だが後遺症も残らないだろうと医者は言った。


エルンストが休んでいるとエドアルドが見舞に訪れた。


「これは殿下、わざわざこのような場所に足を運んでくださり有難うございます。・・・このような姿で 申し訳ございません」


まだ、ベットから起き上がることが出来ないエルンストは寝そべったまま頭だけを下げてそう言ってエドアルドを迎えた。


「・・・構わぬ」


エドアルドはそう答えるとベットの傍らの椅子に腰かけた。


「まさか、お前が命がけで俺を守るとは思わなかったぞ」


「はぁ・・・」


「というより、他人が俺のためにそこまでするとは考えたことがなかった」


その言葉にエルンストはやはりこの方は孤独であるのだと思った。


「それにしても、アレを手駒に使うとはな。これだから人は信用できん」


あの女官は毒見の一人でもあったのだ。毒を防ぐはずの当の本人が毒を盛ったのだ。あの紅茶がエドアルドの手に渡ったのも頷ける。


「・・・殿下」


やはり、駄目なのだろうか?この幼く、孤独な主の信頼を勝ち取るなど出来ないのだろうか?エルンストは落胆した。


「エルンスト、お前復帰した後は教育係ではなく、俺の側近をしろ」


「え?」


「従者の選定はお前に任す。お前が信頼できる者を揃えよ」


「殿下、それは・・・」


エルンストの言葉を遮ってエドアルドが問う。


「俺に忠誠を誓うのだろう?」


エドアルドがニヤリと笑う。その顔は子供が何か思いついた時に浮かべる笑みにも見えてエルンストは目を見開いた。


「も、もちろんでございます」


エルンストの返答にエドアルドは満足気に頷くと席を立った。


「ゆっくり休め。復帰後は忙しくなるぞ」


そう言い残し、エドアルドは去って行った。



エルンストがエドアルドの信頼を勝ち取った瞬間であった。



エルンストに心を許したエドアルドはエルンストにだけは子供らしく拗ねたり、不機嫌な態度を取ったりするようになった。それに伴い、エルンストはエドアルドを叱りつけるようになった。本来ならば

そんなことは許されないであろうが、そうされるエドアルドはどこか嬉しそうでもあった。


言葉にも態度にも出さないが、エドアルドはエルンストを兄のように慕っていた。それを敏感に感じ取ってエルンストは周りから咎められない程度に兄のように接した。叱りつけるのもその一環である。


若くして王になったエドアルドには苦労が多かった。それは33歳の若さで宰相になったエルンストも同じだった。


二人は支え合いながらこの10年。ひたすら走りぬけてきた。


その間、エドアルドはゲオルク以外の弟妹とはそれなりに良好な関係を築き、他国に嫁いだ姉達とも手紙のやり取りくらいはしている。けれど、ゲオルクは相変わらず、エドアルドを殺したいほど憎んでいて、何かと仕掛けてくるので、エドアルドは心休まることが無かった。


誰か、この方を支えてくれる者は現れないだろうか?


エルンストは常々そう思っていた。後宮には複数の側室がいるが、誰一人としてエドアルドの寵愛を受けることはなかった。それどころか、エドアルドは後宮に新たな側室が召し上げられた最初の一夜以外は近寄ろうともしない。唯一の例外はいるがそこに通うのには色事以外の理由がある。


幼いころから女たちの争いを目にしてきたエドアルドは女性に対し、夢や希望を抱くことが出来なかった。それはエルンストも気付いていた。女などどれも同じだと思っていたのだろう。



そう、セシルが現れるまでは・・・



セシルが他の側室たちとは明らかに違うということは話してみてエルンストにはすぐに分かった。



あの方ならもしかして陛下の支えになってくれるやもしれない。



エルンストは微かにそれを期待していた。












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