第15話
「陛下、御帰りですか?」
セシルが目を覚ますとエドアルドが服装を整えているところだった。セシルの声が聞こえたはずなのに、エドアルドは返事もせず、ブーツの紐を結ぶ作業に没頭している。返事が無いことにセシルは小首を
傾げたがすぐに理由に思い至った。
・・・ひょっとして?
「・・・エ、エドアルド?」
「なんだ?」
やはり、『エドアルド』と呼ばないと返事をしない気だったようだ。セシルは自分よりも10歳年上のエドアルドの子供っぽい一面に触れてふふっと小さく笑った。
「・・・笑うなよ」
「ふふふ、申し訳ございません」
拗ねたようにそう言うエドアルドにセシルは微笑んだまま謝った。
「まぁいい」
ブーツの紐を結び終えたエドアルドがベットから腰を上げる。セシルもベットから降り、エドアルドの傍らに立った。
「セシル」
エドアルドがセシルの方を見た。その瞳には何か決意のような物が宿っているように感じた。セシルはすっと表情を引き締めた。
「これからお前の周りは騒がしくなると思う」
エドアルドはそう切り出した。それは様々な点においてだろうとセシルは思った。現に昨日、他の側室から早速、嫌みを言われたばかりだった。
「だが、お前のことは俺が必ず守る。信じてくれ」
真っ直ぐにセシルの瞳を見つめてエドアルドは誓いを立てた。
これから先、何があるか分からない。全て『未知の領域』であると言ってもいい。分からないこと自体がセシルにとって恐怖であった。それでも、自分を見つめる真摯な眼差しを信じたいと思った。
「・・・はい」
セシルはそう返事をすると真っ赤になって俯いた。見つめられる経験などないのでどうしても照れてしまうのだ。そんなセシルの顎に手を掛け、エドアルドがそっと上を向かせる。
「セシル、もう一度、俺の名を呼べ」
「・・・エ、エドアルド?」
「そうだ。そう呼べよ?忘れるなよ?」
エドアルドはセシルの頬にチュッと素早く口付けると
「また今夜な」
そう言って踵を返した。扉に向かうエドアルドの背にセシルは慌てて声を掛ける。
「いってらっしゃいませ!エ、エドアルド」
セシルの言葉にエドアルドが振り返る。その顔には驚きに色が見えてセシルは狼狽した。
変なこと言ったかしら?!
「いいな・・・それ・・・」
「え?」
エドアルドが何を言いたいのか分からずセシルは首を傾げる。
「明日の朝もそう言って送り出してくれ」
セシルの言葉がエドアルドは気に入ったらしい。セシルはほっと胸を撫でおろすと同時に何だか可笑しくなった。
「はい。分かりました」
セシルから了承を得て、エドアルドは満足そうに頷いて扉へと再び歩き始めた。だか、扉を出る直前、思い出したように立ち止った。どうしたのだろうかとセシルが思っているとエドアルドが振り返り、
ニヤリと笑ってこう告げた。
「お前、どもらずに呼べるように練習しとけよ?」
先程から『エドアルド』とすんなり言えないセシルのことが気になっていたらしい。セシルは苦笑いを浮かべながら頷いた。
その頷きを受けてエドアルドはセシルの部屋を後にした。