第13話
「下がってよい」
エドアルドは部屋に入るとニコラにそう告げた。ニコラはちらりとセシルに視線を走らせたが、セシルが小さく頷いてみせたのでその言葉に従い、一礼して隣の侍女室へ戻った。
「さぁ、セシル。今日は疲れたであろう?こちらへ来い」
エドアルドはセシルの肩をそっと抱いて、ベットへと誘う。セシルは緊張で胸が張り裂けそうだった。
ま、まさか・・・
期待と不安でカチンと固まったセシルにエドアルドはそっと囁いた。
「初めて逢った夜もお前はそんな感じだったな」
セシルは弾かれた様にエドアルドの顔を見上げる。
「・・・覚えておいでなのですか?」
その瞳をしっかりと見据え、エドアルドは応える。
「あぁ、もちろんだ。忘れたことなどない」
一年前。
セシルは緊張のあまり、倒れそうな精神状態でエドアルドの訪問を待っていた。
男性と二人きりで過ごしたことなど今まで無いのだ。それがいきなり夜の寝所が舞台なのだから当然と言えば当然だった。
一方のエドアルドはセシルの部屋に向かいながら面倒だと思っていた。また、あの面白くもない夜が始まるのだと憂鬱にすら感じていた。どの側室も皆同じだったからだ。エドアルドが来ると甘い声で甘えてエドアルドに抱かれることだけを考えているのが見え見えだった。会話を楽しむとか、ただ、同じ時を過ごすなどとは頭の片隅にもない。エドアルドを自らの体の虜にしようとか、エドアルドの子を孕もうとかそんな思惑しか見えない夜の後宮にエドアルドは嫌気がさしていた。
今回の女も同じだろう・・・
エドアルドはそう考えてさっさと済ませてしまおうと思っていた。
セシルの部屋にエドアルドが着くと今日と同じようにニコラが迎え入れた。そのニコラを下がらせ、エドアルドはベットに座り、セシルに手を差し出した。
「来い」
短く告げられた言葉にセシルの肩がビクッと震えた。その反応に微かな違和感を感じたがエドアルドは気にしなかった。
一歩、一歩ゆっくりとベットに近づいてくるセシルにエドアルドは内心苛立った。
さっさと来ればいいものを
セシルの方は羞恥心と不安と期待が入り混じった大変混乱した状態で本心を言えばベットに、いや、エドアルドに近づくのが怖かった。
だからこそ足が重くなりがちだったのだが、エドアルドはそんなセシルの態度を演技だと思っていた。
貞淑な女を演じているのだと決めつけて、苛立っていたのだ。
ベットまであと一歩というところまでセシルが来た時、突然、手を引かれた。
焦れたエドアルドが強引にセシルの手を引き、引き寄せる。そしてそのままベットに押し倒して組み敷いた。
怖い!
突然の出来事にセシルの胸に浮かんだのは恐怖だけだった。声も出せずにただ、目の前のエドアルドの顔を見つめた。
その瞳に宿る怯えにエドアルドの動きが止まる。
生娘のまま後宮に上がってくる女はたまにいる。だが、そんな女は大抵、生娘であることを隠そうとせず『陛下が初めての相手だなんて光栄です』と心にもないことを言ってきた。
ここまで明白に怯えを隠そうとしなかった女は初めてだ・・・。
二人はそのまま暫し、見つめあった。
エドアルドがそっとセシルを解放する。セシルは体を起こし、自分に背を向けるようにベットに座っているエドアルドの背中を見つめた。
「・・・セシルと言ったか?そなた、男に抱かれるのは初めてか?」
聞かなくても先程の態度でそれは分かり切っていたがエドアルドは
問いかけた。セシルがどう応えるか興味が湧いたのだ。
「・・・はい」
セシルは消え入りそうな声でそう答えただけだった。それ以外は何も言わないセシルにエドアルドはこう切り出した。
「・・・正直に申せ。・・・怖いか?」
「・・・あの」
「構わぬ。申せ」
言い淀むセシルにエドアルドは返事を促す。セシルは小さく深呼吸すると口を開いた。
「・・・はい。・・・怖い・・・です」
「そうか」
エドアルドはそう返すともう何も言わなかった。そんなエドアルドの態度にセシルは大いに狼狽した。
恐怖に負け、失礼な態度を取ってしまっただろうか?御気を悪くしてしまったのだとしたらどうしたらいいのだろう?
ぐるぐるといろんなことが頭を回ったがどうすればいいのか分からない。セシルは泣きそうになったがグッと堪えた。
ここで泣いたら更なる不興を買う・・・。
それだけは避けたかった。自分が不興を買えば実家どうなるか分からない。愛する家族が自分のせいで大変な目に合うのはいやだった。どんな仕打ちを受けても結局セシルは家族を愛していたのだ。
「・・・セシル」
エドアルドが振り向き、セシルの名を呼ぶ。セシルは何を言われるのだろうかと身構えた。
「少し、話しをせぬか?」
告げられた言葉は意外な言葉だった。セシルが小首を傾げるとエドアルドはセシルの髪をそっと撫でた。
「怖いと言うなら、無理強いはせぬ。だが、あまり早く此処を出る訳にもいかぬのでな」
無理やり自分の物にしてしまうことは容易い。だが、エドアルドはそれをしなかった。いや、出来なかったという方が正しいかもしれない。
セシルのような女性にエドアルドは初めて出会った。
自分に甘い声で甘えてくることもしない。自分に抱かれることを望まない。
怖いかと聞けば正直に怖いと言い、無理強いしないと言えば明らかに安堵した。
真っ白なのだな・・・この娘は・・・
汚したくないと思った。汚してはいけないと思った。だが、もう少しだけ側に居たいと思った。
だから言った、「話しをせぬか?」と、話してみたいとも思った。もっと彼女を知りたかった。
「・・・あの」
「何だ?」
「・・・怒ってらっしゃらないのですか?」
怖ず怖ずと聞いてくるセシルの態度にエドアルドは胸の中に温かい何かが生まれるのを感じていた。
「怒ってなど居らぬ。そなたが良いと言えば今からでも抱くが?」
その気が無いわけではなく、セシルの意向を重視するとも取れる発言にセシルは真っ赤になって慌てた。
「え?!あ、えっと・・・その・・・」
そんなセシルの態度にエドアルドは噴き出した。
「ふふふ、セシル、そんなに慌てるな。冗談だ」
「!・・陛下は人が悪いです・・・・」
笑われてセシルは少々むくれて俯いた。宥めるためにセシルの髪を撫でていたエドアルドは胸の内の温かい物の正体に気づき始めた。
あぁ、自分はこの少女が愛おしいのだ・・・
それから二人はベットに横になり、他愛ない会話して過ごした。セシルが話し疲れて眠ってしまうとエドアルドはその頬にそっと口づけて、セシルの部屋を後にした。
そう、二人は体を交えてはいないのだ。
「さて、セシル」
ベットに腰を下ろし、セシルを自分の膝の上に座らせるとエドアルドはセシルの体をそっと抱きしめた。戸惑いからかなんの抵抗も示さないセシルがなんだが面白いと思いながらエドアルドはこう言った。
「あの夜は話をしただけで終わったが今宵はどうする?」
「え?!・・・どうすると申されましても・・・」
あの日と同じように真っ赤になって慌てるセシルにエドアルドはクスっと笑った。その声を耳にし、からかわれたと理解したセシルは不満げに唇を尖らせて俯いた。