第11話
「また、呼んでくれ」
アロイスはそう言い残し、力なく微笑んで部屋を後にした。一人残された部屋の中でセシルは自己嫌悪に陥っていた。
父を泣かせる気などなかった。ただ、謝られたからその必要は無いと告げたかっただけだ。
やっぱり、口にすべきでは無かったんだわ・・・。
セシルは己の身の内にある想いを誰にも話したことは無かった。それを聞いた者が自分を憐れんで泣き、母や兄を悪く思うのは自分の本意ではないからだ。
それでも、身の内に巣食うそれはセシルを苛む。
時折、誰かに聞いてもらいたい衝動に駆られることがある。その衝動をセシルはいつも無理やり封じ込めていた。
久しぶりにアロイスに逢い、懐かしさからその封印が緩んだ。
セシルの言葉にアロイスは大きく目を見開き、そして、泣いた。涙を見せぬよう必死に俯いて誤魔化していたが、震える肩がセシルにそれを気付かせた。
それを見たセシルは激しく後悔したのだ。
元々、セシルを母と兄から守ってやれない、守り切れていないと気に病んでいた父。とうとう二人に押し切られ、自分を手放すことにまでなってしまった父。
誰かに聞いてもらいたい衝動に駆られた。
だが、その誰かは父であってはならなかったのだ・・・。
普段のセシルならそんな間違いは犯さないだろう。というより、本音を表に出すということをまずしない。今日は朝から思いがけない出来事が立て続けに起き、精神的に疲れていた。
疲れが判断力を鈍らせた。
よりによって一番聞かせてはならない人物に己の想いを曝け出してしまった。
「・・・ごめんなさい、お父様」
セシルはあの場で言えなかった言葉を呟いた。
コンコン
扉をたたく音に深く、沈んでいたセシルの意識が現実に戻る。
「・・・はい」
返事を返すと、扉の向こうからニコラの声が聞こえた。
「セシル様、そろそろ御戻りになりませんと・・・」
どのくらいこうしていたのだろうか?ふと、時計に目をやれば側室が部屋に戻らなければならない刻限へと近づきつつあった。
「分かったわ。戻ります」
そう言って、扉を開けたセシルはそこに居た人物に固まる。
そこにはニコラとその後ろに騎士が二人いた。
何故?騎士がいるの?
セシルの顔に浮かんだ疑問にニコラが応える。
「この方たちはセシル様を後宮まで警護してくださるそうです」
ニコラの言葉を受けて騎士の一人がセシルに声をかける。
「はい。責任を持って、セシル様を後宮にお送り致します」
「え?あ、ありがとうございます」
セシルはそう言って騎士に頭を下げた。その姿に騎士は大いに慌てた。
「セ、セシル様!どうか、頭をお上げください!」
慌てる騎士をセシルは不思議そうな顔をして見つめた。そんなセシルの視線を受けながら騎士は思った。
不思議なのは貴女の方です・・・。
騎士である自分に頭を下げる側室など見たことがなかった。側室たちはいつも、自分たちを見下したような態度ばかり取っていた。
こんな方もいらっしゃるのか・・・
騎士は目の前のいるセシルが他の側室と明らかに違うと感じた。
セシルの護衛はエルンストが取り急ぎ取った配慮だった。先程の一件でセシルの危険は格段に増した。すぐに何か起こるわけではないだろうが、用心するに越したことはない。
「それでは参りましょうか?」
ニコラが口を開く。セシルの態度に驚き、放心したようにセシルを見つめていた騎士がその言葉に気を取り直し、背筋を伸ばした。
「では、セシル様。こちらへ」
セシルは騎士に両脇を挟まれ、ひどく恐縮しながら後宮へと戻った。