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第102話

「ご案内と言っても、そう広くないんですがね」


そう言いながらオイゲンは花壇を指し示した。


「セシル様にはこの二つの花壇をお使い戴きます。王太后様が退かれてからは我らがここを管理しておりましたが、これからはセシル様に花の植え替え、水やり、草取りを引き継いでいただきます。ご公務で王宮を空けられる際は我々がちゃんとお世話を代行いたしますので、ご安心ください。」


「ここだけでいいの?」


セシルは規模が小さいことに少し、驚いたようだった。


「ご公務の合間にお世話をなさるんですから、これくらいの規模で丁度よろしいんですよ。それに高所作業や力仕事は我々がやりますので、お申し付けください」


オイゲンはそういうとスッと樫の木に視線を移す。


「高所作業っていうとあの樫の木の剪定かしら?」


それに気付いたセシルが問いかけるとオイゲンはしっかりと頷いた。


「えぇ、あの樫の木も王妃の庭の一部ですから。秋にはどんぐりが落ちるのですが、放っておくと発芽してしまいますの拾い集める作業をいたします」


「それくらいは私がするわ」


 話を聞いたセシル張り切ってそう言うとオイゲンは苦笑いを浮かべた。


「いえ、結構な量ですのですべてをお任せするわけには参りません」


「でも・・・」


 腑に落ちない様子のセシルにオイゲンは妥協案を提示することにした。


「気付いた時に少しだけでも拾っていただければ十分です」


 オイゲンの言葉にセシルは嬉しそうに力強く頷いた。その姿をどこかで見た気がして、オイゲンは笑みを浮かべた。


「・・・どうしたの?」


オイゲンの反応を訝しんでセシルが問いかけると、オイゲンは咳払いをして、浮かんだ笑みを誤魔化した。


「いえ。昔、王太后様とも同じようなやり取りをしたなぁと思いまして・・・」


「王太后様?」


唐突に出た王太后の話題にセシルが首を傾げる。


「はい。あの樫の木は王太后様が現国王陛下がお生まれになった際にその健やか成長を祈念して植えられ物です」


「まぁ。・・・そうなの」


 エドアルドが生まれた時に植えられたと聞いてセシルはその樫の木が途端に愛おしい物のように感じ、樫の木をじっと見つめた。


「私たちがどんぐりを拾い集めているのをご覧になって、自分が植えた物なのだから自分が責任を持つとおっしゃって、毎日、公務の合間にどんぐりを拾いにおいでになるようになって・・・」


オイゲンは懐かしそうにそう告げると樫の木を見つめた。


「そこでさっきのようなやり取りがあったのね?」


セシルが先読みしてそう言うとオイゲンは困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「はい。ですが、それだけでは無くてですね。まだ木の高さが低い頃は剪定も自分でやると言って引かれなくて、のこぎりやら鋏やらを片手に奮闘しておられました。木がある程度高くなってからは危ないからこちらにおませくださいという我らの言葉に耳を貸して下さったのです。まぁ、先王陛下にいい加減に庭師の言うことを聞けとお叱りを受けたともおっしゃってましたけど・・・」


オイゲンが語る王太后の姿は何だか可愛らしくてセシルは思わずクスッと笑った。


「セシル様は花壇に何を植えられますか?お好きなお花が御有りなら仕入ますよ?」


不意に問いかけられてセシルは思案する。花の種類はあまり知らないが好きな花はあった。セシルは思い切ってそれを口にする。


「カスミソウが好きよ」


セシルらしい控え目な花の名にオイゲンは目を細める。


「では、時期になりましたら、カスミソウの種を仕入れましょう。他はこちらで揃えてもよろしいですか?」


「えぇ、任せるわ」


否定されること無く受け入れられてセシルはホッとしていた。以前、好きな花まで地味だと母や兄から言われたことがあったため、少しだけその名を口にするのが怖かったのだ。


「セシル様。そろそろお戻りください」


王妃の庭の入口付近に控えていたエルンストが声を掛ける。セシルはそれに頷いて答えるとオイゲンの方に向き直ってこう言った。


「植え替えの時期も方法も知らないの。今度、詳しく教えてくれないかしら?」


「もちろんでございます。我ら、その為にいるのですから」


オイゲンはそう言って頭を下げた。セシルもそれに対し頭を下げる。


「有難う。でも、貴方達の仕事の邪魔をするのは本意ではないわ。忙しい時は無理しないでね?」


自分たちの仕事を気遣い、優先する言葉にオイゲンはやはり、この方は変わった方だと思った。


「はい。御気遣いありがとうございます。我ら一同、セシル様の次のお越しを心待ちにしております」


そう言ってオイゲンがもう一度、頭を下げると庭の隅にいた庭師達もセシルに向かって頭を下げた。


「・・・また、すぐに来るわ」


セシルはそう言って、庭から王宮へと歩み出す。その背が王宮の中へ消えるまで、庭師衆は誰一人、頭を上げようとはしなかった。



庭師陥落。次の話で漸くエドアルドでます。

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