第10話
「何を考えておいでなのですか?」
壇上に戻ったエドアルドに遅れて壇上に戻ってたエルンストが問いかける。エドアルドは不機嫌そうに玉座に座ったまま、何も応えない。
「浮かれるのは構いせんが、場所を弁えて戴きたいものですな」
尚もエルンストは小言を続けるがエドアルドは何も言わない。
「陛下!」
「黙れ」
やっと返答が返ってきたと思えばそれか
エルンストはもう何も言わないことにした。
エドアルドが不機嫌なのは訳がある。そう、彼自身が自分の行動が如何に軽率であったか十分理解しているのだ。
エルンストとセシルが話しているのが壇上から見えた。
たった一度の逢瀬で自分を虜にした彼女にエルンストが興味を持つのではないかとエドアルドは危惧した。
現に、エルンストはセシルの笑顔に見とれているように見えた。
気が付いたらエドアルドは壇上を降りていた。
足早に近づき、セシルに声をかけた。
最初はエルンストを牽制するための行動。だか、セシルを目の前にしたとき、エドアルドの理性が揺らいだ・・・。
エドアルドが贈ったドレスに身を包んだセシルはエドアルドの想像より遥かに愛らしかった。
エドアルドを見つめる戸惑いを帯びた視線も、緊張に震える声もすべてがエドアルドは愛おしかった。
そして、その場がどういう場所であるかをエドアルドは失念した。
いや、夜会の会場であることを忘れた訳ではない。
そこに巣食うたくさんの思惑と野心をエドアルドは忘れたのだ。
セシルと別れ、壇上に戻ったエドアルドは夜会の雰囲気がガラった変わったことを不審に思った。
自分をちらちらと見ながらひそひそと話す招待客。信じられないものを見たかのうような側室の顔。
それらを目の当たりにし、エドアルドは先程自分がどれだけ愚かな行為に及んだのか気付いた。これだけ招待客が居て、何人もの側室が参加しているのにも関わらず、セシル以外には目をくれず、セシルと話しただけで壇上に戻ってしまった。
しかも、うっかり髪まで撫でたんだ。俺は・・・
あれではセシルが自分の寵室だと公言したようなものだ。いや、寵室であることは間違いではないのだが、今はまだ公言出来る段階ではなかった。
このままではセシルに危険が及ぶ可能性を否定出来なかった。エドアルドは自分の愚かさに歯軋りしたい気分だった。
だが、落ち込んでいても仕方ない。エドアルドは迅速に頭を働かせた。
「エルンスト」
「・・・なんでございましょう?」
先程のやりとりに些か不機嫌なのかその声には少し、棘があるように感じた。エドアルドはそんなエルンストの態度を気にも留めずにこう告げた。
「後宮の警備を改めよ。警備隊長には、セシル・ブルックナーの安全を最優先せよと申し付けよ」
「そうきましたか」
エルンストは少々呆れたように呟いた。
「それから、セシルに毒見を付けよ」
「え?」
「アレの性格から言って毒見をつけておらぬだろうし、侍女にも毒見をさせてはいまい・・・。今までは それで良かったかもしれぬが、これからはそうはいかぬだろう・・・」
「そこまでなさいますか?」
エドアルドの言葉にエルンストは驚いた。だが、同時に言うことは尤もだとも思った。セシルの性格からしてみれば、毒見を置いていないことは容易に想像できた。
確かにあの方は自分のために誰かが死ぬなど考えれそうもない。
「・・・分かりました。手配致します」
エルンストの返答にエドアルドは視線を前に向けたまま、微かに頷いた。
「それから、今宵はセシルの元へ行く」
エドアルドの言葉にエルンストは仰天した。
「この状況で?!」
そんなエルンストに対し、エドアルドは冷静そのものであった。
「あぁ」
短く返事をするともうこれ以上話すことはないと言わんばかりに瞳を閉じた。