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第1話

「今日も平和だわ」


セシルは窓の外を見つめながら穏やかに呟いた。セシルはアルコーン国の国王の側室の一人。


側室になってもうすぐ一年が経とうとしているが、セシルの生活は平穏そのものであった。


セシルが国王である『エドアルド・クリスティアン・アルコーン』のお通りを受けたのは後宮に上がった、その日のただ一度だけ。その一度のお通りは慣例のようなものであり、唯一他の側室たちから黙認される国王との逢瀬でもあった。


これが二度、三度と続けばセシルも他の側室たちに厭われ、何かしらの嫌がらせを受けるところであろうが、幸か不幸かセシルはその後、エドアルドの訪問を受けることがなかった。


元々控え目な性格も合わさって、セシルの存在は後宮の中でもほとんど目立たない存在となり、後宮にありながら、命を狙われることも、嫌がらせを受けることもなく、平穏な日々を送ることができるようになった。


「平和すぎますわ・・・」


実家からセシルに付いて後宮に一緒に来た侍女のニコラは不満そうに応えた。そんな彼女にセシルは苦笑いを浮かべる。


「セシル様はもう少し陛下の目に留まる努力をなさるべきですわ。夜会にもお出にならないし、そんなことでは本当に陛下に忘れられてしまいますわ」


もうすでに忘れられていそうだとセシルは思った。セシルが後宮に上がったのを最後に新しい側室は召しあげられていない。王妃の選定に入ったのではないかともっぱらの噂だ。


その噂が本当だとしたらセシルは自分がその候補の一人に数えられることはないと思っていた。たった一度しかまともに逢ったことがないのだ。そう考えるのが自然だ。


エドアルドの心の中には幾人かの側室が居て、その中から王妃を選ぶつもりなのだろう。自分のことなど記憶の片隅にも置いてはいまい。セシルはそう考えて溜息をついた。


後宮に入ってから三年は此処から出られない。三年の間に王の寵愛を得ようと後宮にいる女性たちは皆、必死だ。しかし、当の王が殆ど後宮に足を運ばないため、後宮は静かなものだった。


実家にいる頃、父に伴われ、何度か夜会に足を運んだことはあるが、セシルは華やかな席がどうも苦手で挨拶まわりを済ませるとすぐにテラスか会場の隅に身を寄せていた。そんなセシルに声を掛けてくる男性は皆無だったし、セシル自身の人見知りで引っ込み思案な性格もあって、セシルを見初める男性もセシルが惹かれる男性も現れはしなかった。


そのことがなんだか今は悔やまれる。


もう少しだけ社交的な性格だったなら、今のこの生活はなかったかも知れないとセシルは思う。後宮に上がる前にどこかに嫁ぐことも出来たかもしれないし、後宮に上がった後でも夜会に参加して誰かに見初めてもらうことが出来たかもしれない。


そこまで考えてセシルは再び溜息をついた。


貴族間の夜会ですら気が重く、出来れば行きたくなかったのが本音だ。王宮の夜会などセシルにとっては規模が大きすぎてとても足を運ぶ気になれなかった。エドアルドが後宮に足を運ばない限り、その姿をちらりとでも見ることは叶わない状況を自ら作り出してしまったことにセシルは気付いているが今更、どうにも出来ないのが現状だった。


「セシル様!」


深く考え込んでいたセシルは大きな声でニコラに呼ばれてハッと我に返る。考えてもどうにもならないことを考えていたような気がしてセシルは思わず自分を笑った。


「セシル様?」


そんな様子を訝しんでニコラが名を呼ぶ。セシルは気を取り直してニコラに声をかけた。


「何でもないわ。ニコラこそどうしたの?大きな声を出して」


ニコラは気合いを入れるように短く息を吐くとセシルにこう言った。


「セシル様、今宵の夜会に参加申請を出します」


言われてセシルは仰天した。今まで夜会で出るように言っては来ても参加申請するとまでは言われなかったからだ。そこまで言うということは今日のニコラは本気なのだということだ。


「ちょっと待ってニコラ!・・・私にはあんな大きな夜会は無理よ・・・分かってるでしょ」


セシルは思わず反論するが、ニコラは表情一つ変えずに続けた。


「いいえ。出ていただきます。セシル様、夜会の際に陛下の許可があれば家族と面会できることを覚えて らっしゃいますか?」


「それは・・・」


覚えているも何もそのことはセシルをずっと悩ませていることの一つだった。家族に逢いたいが夜会に出ることが条件になっていてはそれは叶わないとセシルは諦めていたのだから・・・。


「参加申請と同時に面会許可の申請も致します。ここへ来てもうすぐ一年になるのです。旦那様からも心配する手紙が頻繁に届いていることですし、一度お逢いになったほうがよろしいかと思います」


セシルはニコラの顔をじっと見つめた。小さな頃からずっと自分の侍女をやってくれているがどうにもつかみどころない人物で、何を考えているのかよく分からないことがあるとセシルは思っていた。


「・・・お前は、陛下の目に留まるためではなく、お父様に逢うために夜会に行けと言っているの?」


「・・・はい」


セシルの問いをニコラは肯定したがセシルはどうにも腑に落ちなかった。


ついさっき『もっと陛下の目に留まる努力を』と進言されたばかりだったような気がするのだが?それはもういいのだろうか?それともとりあえず夜会に出してしまえとでも思っているのだろうか?セシルはよくわからなくなってきたが、誰かに背中を押して貰わなければ自分が夜会に出る決断をできないことだけはよくわかった。


・・・これは好機なのかもしれないとセシルは思った。


「・・・それだけでいいのなら。私はお父様に逢ったらすぐに夜会から引き上げるわよ?・・・それでいいのね?」


セシルは念を押すように問いかける。ニコラはそれを悠然と受け止めて口角を上げて応えた。


「もちろん。それで構いません。では、私は女官長の元に申請に行って参ります。」


ニコラはセシルに一礼して、部屋を出て行った。


ニコラが出て行ったドアを見つめながらセシルは一人呟いた。


「お父様に逢うために行くだけなら、大丈夫よね・・・」


今まで一度も夜会に出たことのないセシルがその場に行くことは他の側室に何と思われるかわからない。一抹の不安を胸にセシルは久しぶりに逢える父に想いを馳せた。


一方、廊下を歩くニコラの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。


夜会に出る気になったくれただけでも一歩前進したと言っていいだろう。あとは何かと理由をつけて何度も夜会に参加させるだけだ。


ニコラをそう考えながら女官長の部屋を目指した。







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