九つ目 俺、遊びます
今日は日曜日。
学校がなく、一週間のうちに唯一ゆっくりと過ごせる珠玉の一日。
俺は一週間の疲れを癒そうと、マイホームである滑り台の上で仰向けに寝転がり睡眠を取ることにする。
周りの子供たちが滑れなく困った顔をしているが、俺は気にしない。
親父は今就活中で、アルバイトをしながら探し回っている。
今俺は一人。
これほど自然を満喫し、太陽の光を浴びながら優雅に寛げることはできないだろう。今日は本当に良い天気だ。
雲一つなく、穏やかな気候で、心地よい気温のおかげで、洗濯物のすぐに乾きそうだ。次節吹いてくるさらっとした風が吹き、ますます快い気分が味わえる。
さて、こんな日は寝るのが一番だ。さっさと寝よう。
俺は目を閉じ、体の力を抜いて眠りに入ろうとする。
そのときだ。
「ピンポーン」
むにゅ。
「……」
俺の頬に指圧がかかる。誰かがむにゅっと指で押してくる。
くそっ。俺の眠りを妨げるな。気にせず寝よう。
「ピンポーン、ピンポーン」
むにゅ。むにゅ。
「…………」
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」
むにゅ。むにゅ。 むにゅ。
「……………………」
「……………………ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン――」
むにゅ。むにゅ。 むにゅ。むにゅ。 むにゅ。むにゅ。 むにゅ。むにゅ。むにゅ。
「ええいっ! うっさいわっ!」
俺はガバッと起き上がり、さっきから口でインターフォンのマネをしながら俺の頬に指を連打するやつに向かって激昂する。
「もう! いるなら早く出てきてよね! 待ちくたびれちゃったわよ!」
「うっせーよっ! 出て来いって、目の前にいるじゃねーか! しかもインターフォンのマネなんかしやがって、俺をバカにしてんのか! 家がない俺を哀れに思いバカにしにきたのか!」
俺は滑り台の階段にいる俺の家庭の事情を唯一知っている幼馴染に向かって睨み付ける。
「バカになんかしないわよ。むしろ同情してるの」
「逆にバカにされたほうがいいわっ!」
「ほら、今日もお弁当持って来たよ。食べたい?」
俺は滑り台から降り、土下座をして拝む。
「お願いします。どうか私めにそのお弁当を恵んでください」
周りの子供たちが呆然と見ており、何人かの親たちが急いで連れ帰っていた。でもやっぱり俺は気にしない。
「ふふん。なら、あの時の約束覚えてる?」
「約束?」
「そう。……デートをするっていう約束を!」
俺は顔を上げて思い出す。そういえば、体育館での説明会でそんなことを約束してたような。
さっきから風が吹いて、チラチラとスカートが捲れ、見たくもない葵の白い布地が見えるのだが、葵は気づいていないのだろうか。
「さ、思い出した? 今から私とデートするのよ!」
「いや、知らね」
俺はめんどうになったので、さっさと葵の手から弁当をかっさり、ベンチに座って食べ始める。
「え?……ちょ、ちょっと、待ってよ! 約束したじゃない!」
「いや、覚えてない」
おっ、今日のお弁当はハンバーグだ。うまそう。ありがと、葵のお母さん。
「そんな……思い出してよ! そのために私こんなおしゃれまでしたんだから!」
葵は俺の服を引っ張って強引にでも連れていこうとする。確かにいつもよりおめかししていた。でも、おしゃれというより、ゴスロリ衣装としか見えない。
「覚えてないんだから、仕方ないだろ」
俺はハンバーグを口に入れる。
うっめぇ~。葵のお母さんとならデートしてやるぜ!
「じゃあ、約束してなくても、今から行こうよ! ほら、私とデートできて嬉しいでしょ?」
「え? なんで?」
「いや、そんな真顔で何でって言われても……」
葵は頬を赤く染めてモジモジする。
「だ、だって、ほら、私……可愛い、でしょ?」
「いや、全然」
「ガーンッ!」
俺はご飯を口に運びながら即答する。自分を可愛いとか言うなんて、どれだけナルシストなんだ。
葵は一人いじけて砂場でのの字を書いていた。
「うぅ~、せっかくお昼ご馳走しようと思ったのに~」
その言葉に俺の耳がピクッと反応した。そして葵に手を差し出す。
「エスコートしますよ、レディ」
俺はキランと眩しい笑みを見せる。葵はなぜかガッカリしていた。
ということで、急遽一日デートをすることになった。
二人はバスに乗り、揺られること数十分で街へと着いた。
「ねぇ、まずは映画でも見ない? 映画作成の参考になるし」
俺の手を繋ぎながら葵が提案する。
他から見たらデートというより、兄妹でのお買い物って感じだ。それほど葵はお子ちゃまである。
「そうだな。いい考えだ。でもな……」
俺はポケットの裏生地を見せる。俺は知ってのとおり貧乏。遊べる金なんて一円もねーよ。
「大丈夫。今日一日全部私が払うから。秀は一緒に楽しむだけでいいよ」
「え? ほんとか?」
「うん。だから入ろう」
「よっしゃっ!」
二人は並んでチケット売り場へと向かう。
「はい。大人一名と子供一名ですね」
「私子供じゃないもんっ!」
思ったとおりだが、葵は店員に子供と間違えられた。
結局大人二人分の映画チケットを買い、番号の席を探して座る。
葵は未だに怒っていた。こんなことしょっちゅうで、一度や二度やないくせに。
そして映画を観終わり、二人は出口から出てきた。
「おもしろかったね」
葵は満足そうに笑みを浮かべる。逆に俺はがっくりと肩を落としていた。
「ああ……。まったく参考にならなかったけど……」
二人が見たのはお子様向けのアニメだった。俺らが作るのは実写映画なのに、アニメじゃ参考にもならん。
だからチケット売り場でも普通に子供と思われたんだ。
「次はどうするんだ?」
俺は気を取り直して葵に尋ねる。
「それじゃあ、お腹空いたし、ご飯でも食べようか」
「おっ、待ってました!」
そのあと、手ごろな店で昼食を食べ、葵の買い物に付き合い、気づけば夕方になろうとしていた。
「楽しかったね。おかげで普通のデートの二倍お金が減ったけど」
「オーナー葵! 今日はクソお世話になりましたっ! このご恩は、一生忘れませんっ!」
俺は姿勢良く、どこかのワン○ースのサ○ジの名ゼリフをはきながら葵に頭を下げる。
「ふふん。私に感謝し、これからは常に贖いなさい」
「さて、それじゃ、帰るか」
俺は偉そうにする葵をほっときさっさとバス停に向かおうとする。
「あ、待って」
葵が俺の袖を掴んできた。
「ええと、あのね……お母さんがその……」
葵が頬を赤くしながらまたモジモジする。なんだこいつ、気持ち悪いな……。
「今晩、夕食を作ってあげるから家においでって……」
「え?」
そこで俺は一つの過程が頭を過った。
ま、まさか、この流れは、このまま家にお邪魔になり、そのあとは部屋で過ごし、そして……ゴールイン……。
「いや、ないな」
俺はきっぱりと真顔で言い切る。
うん。そんなことない。つーか、俺は葵に性的欲求は芽生えない。
「あの……いいかな?」
葵が上から目線で、(いつも上から見上げているが)恥ずかしそうに尋ねてくる。
「ああ。いいぞ」
「あ、あれ? そんな簡単にオーケーするんだ。……あ、そっか。秀も心の準備はできて……うん、私も頑張らないとね……」
なにやらぶつぶつ呟いているが、俺はもちろん気にしない。
久しぶりに葵の家に上がり込み、いつもいただいている葵のお母さんのフルコースをいただく。その前に俺は多大なる感謝を込め土下座をした。
ほんとうにありがとうございますっ!
葵の家族とは幼いころから親しく、俺の家が無くなるまでお世話にもなり、何かと支援してくれた。
もちろん、今の状況も知っており、ホームレスにも関わらず、優しく俺に接してくれるので、最高に感激である。
ちなみに、葵のお母さんはとてつもなく美人である。どう見ても一児の母とは思えない。まるでお姉さんだ。普通に背も高い。
しかし、お父さんは背が異常なまでに小さい。そのせいで、葵は可愛いかもしれないが、背はこんなにも小さいのだろう。
夕食が終わって一段落して、俺、葵、お母さん、お父さんで団欒が始まった。
「して、今は近くの公園に住んでいると?」
葵のお父さんが口を開く。椅子には五枚くらい座布団が敷かれていた。
「はい。父がまたリストラされて、今では僕のバイトだけが収入源みたいな感じです」
「本当に大丈夫? なんなら、少しくらいお金貸してあげるわよ?」
「いえいえ、いつもお弁当いただいているだけですごく感謝してます。これ以上貰えるなんて、罰当たりですよ」
むしろいただくならお母さん本人が……。
「そう。でも、何かあったら遠慮なく言ってね」
「はい。ありがとうございます」
「さて、ここから真面目な話になるのだが……」
「はい?」
葵のお父さんがタバコを吹かしながら真面目に告げる。
「ウチの娘を、貰ってくれないかね?」
「…………。……ええっ?」
「ちょっとお父さん! それはダメよっ」
葵がいつになく反発する。おおっ、いってやれ!
「私が秀のところに行くより、秀がこっちに来たほうがいいでしょ?」
「そうね。そのほうがいいわ」
「なるほど。失敬。では、うちの娘の婿養子にならんかね?」
なぜか天枷家全員が承諾済みの話しで進められている。こえ~。
「でも、俺まだ結婚とか考えてなくて……」
「でも、このあと葵とするんでしょ?」
葵のお母さんがカミングアウトしてる。それ以上は言ってはいけません!
「しませんよ! 大体、俺みたいなのが葵の婿になっていいのですか?」
「「「いいとも~」」」
三人同時に承諾。なんなんだこの家族。
一騒動終え、俺と葵は二階にある葵の部屋にいた。その前に風呂まで貸してもらったが。
「お前の親はどんな考えをしてるんだ。毎度驚かされるぜ」
俺が葵のベッドに座りながら嘆息すると、葵が隣に座り込み、ぎゅっと腕を掴んで来た。
「ん? どうした?」
「あ、あのね……」
葵は頬をピンク色に染めながら上目使いで見る。
「その……優しくしてね」
一瞬俺の思考が止まる。そして……。
「…………………………おえぇぇ~」
「なんで吐くのよ!」
結局、その夜泊まらせてもらうことになったが、ちゃんと別々に寝て、葵のお母さんが言ったことはもちろん何もなく終わった。