四つ目 俺、伝えます
次の日も人材集めを決行したのだが、結局誰一人許可が下りず、気づけば陽は暮れかかっていた。
俺は一人その夕日を静かに眺めている。
葵は家の手伝いがあるとかで先に帰ってしまった。
ああ~、やっぱりそう上手くはいかないか。いっそ、葵のアダルト映画でも作るか。
あっ、意外にも売れそう。ま、ロリコンなやつだけだが。
そのとき、教室の戸が開き、一人の生徒が入ってきた。
「こら。秀くん、まだ帰っていなかったの。早く帰らないと、学校の幽霊に襲われちゃうよ」
俺は嘆息まじりに後ろを振り返る。そんなことをいうのは一人しか思い浮かばない。
「幽霊なんていたら見てみたいですね。生徒会長」
俺の目の前にいる女子生徒は、我が校の代表する生徒会長の、真宮杏である。
腰まである長い黒髪にすらっとした体系、クールな雰囲気に長身と、どれをとっても完璧な容姿をしている。
俺の先輩で、何かと相談に乗ってくれる優しい美少女なのだ。
俺が超がつくほどの貧乏人ということは知らない。
杏は容姿に優れるだけでなく、校内のテストではいつも一位を取る秀才であり、知的な雰囲気を漂わせ、男子からの人気は衰えを知らない。その支持があるからこそ、生徒会長に選ばれたのだ。
「どうかしたの? そんな黄昏ちゃって。相談なら乗るよ」
杏はつい誰もがうっとりしそうに微笑み俺の前に座る。
「聞いて下さいよ、杏先輩」
「ん? なに?」
「実はですね――」
俺は映画の創作のことを全て話した。それを杏先輩は真剣に聞いてくれる。
うん。さすが杏先輩。全てのことに耳を傾け、最適なアドバイスをしてくれる。俺の知り合いの中でこれほど頼りになる人はいない。それに俺の理想の人だし。ほんと、知り合いで良かった。
杏先輩と知り合ったのは簡単な出会いがあったのだ。
一言でいうと、俺が一年のころに飯を奢ってくれたのだ。
いや、別にカツアゲなんてしてないぞ。あっちから言ってくれたんだからな。
俺が昼休み、弁当無くて中庭で昼寝をしているとき、通りかかった彼女に出会い、そこで寝てたら風邪引くよと言われた。
そのとき、たまたま腹が鳴り、俺は弁当忘れたというと、学食を奢ってくれたのだ。
あのときは本当に感謝した。まさか、俺が学食で飯が食えるとは思ってもみなかった。そんな夢見たいな話、絶対ないと思っていたのだ。
俺はそのときの味を今でも忘れていない。
ま、そういうことで、彼女と知り合ったのだ。
粗方話し終えると、杏先輩は少し考え口を開いた。
「なるほど。おもしろそうね。ね、その案を、学校全体で取り組んでみたらどうかしら?」
「学校全体で?」
「ええ」
杏先輩は長い黒髪をサッと払って説明し始めた。
「今生徒会ではね、新しい催しを考えてるの。文化祭とか体育祭、球技大会以外に、何かおもしろいことはできないかと」
「へ~」
「それでね、秀くんのその考えを、是非とも学校全体で取り組みたいんだけど」
「でも、人数はそんなにいらないと思いますよ。まぁ、エトセトラ扱いならいいかと」
杏先輩はニコッと微笑んだ。
「大丈夫よ。まさか、全校生徒を参加させようとは思わないわ。その中から選抜するのよ。その方が、生徒はやる気を起こすと思うわ」
「どういうことですか?」
「秀くんは今まで、一人一人に声をかけて協力を申し込んだ。そうでしょ? でも、それって意外に効果がないのよね。その程度だと、ただの遊び、ただの暇つぶしに誘われたと思って、自分のしたいことを優先し、みんな断っちゃうの」
杏先輩の説明を聞き、俺は納得するようにうなずいた。
「でもね、その規模を大きくしたらどうかな。学校全体で取り組めば、スケールが大きく見え、遊びではないと認識できる。そんな中で、自分が選ばれたらどう思う? 自分はこの中でも特別な存在。選ばれた人材。ただの生徒ではない。はっはっはっ。と思って、すぐに了承してくれるわ」
最後の笑いの意味はわからないが、その通りだった。
さすが杏先輩、頼りになる~。
「ま、私もちょうどいい案が見つかったし。助かったわ。どう? ここは二人で協力してみない?」
杏先輩はすっと手を差し出す。俺はその手をぎゅっと握り返した。
「もちろん、お願いします。会長」
二人は自信に満ちた表情で手を握り合う。そこで杏先輩はいった。
「それじゃ、今度の全校集会で説明よろしくね」
「え?」
というわけで、俺はなぜかステージの上に立っていた。
初めてのステージへの登壇。みんなの視線が集まり、緊張が抑えられない。
いや、落ち着け、俺。こんなのたかが数分のこと。俺の一千万のためと思えばどうってことない。うん、自信持て、俺。俺ならできる。俺はできる子だ!
「へへ、こんにちは、皆さん。天枷葵です。秀のマネージャーしてまーす」
何勝手にしゃべってんだこいつ――――――――!
俺が意を決して話そうと思ったのに、何でこいつが先に話してんだ! しかも、呑気に手なんか振りやがって。しかも、お前はいつから俺のマネージャーになった! いつから俺の隣にいたんじゃ!
俺は葵の手からマイクを奪うと、一つ咳払いして話し始めた。
「え~、二年の坂本秀です。この度――そこ! 勝手にブーイングしてんじゃねーよ! 俺で悪かったな! そんなに葵がいいのかこのオタクやろう! 見ただけでロリコンだとわかるぞ! ……え? いや、すみません、こんなにも大勢の葵のファンがいたとは……」
今まさにブーイングの嵐だった。
まさか、葵にこんなにも人気があったとは……。
隣で葵まで頬をぷくっと膨らませ俺にブーイングをしている。
クソ! 腹立つな!
「え~、シャラップ! シャラップ! ちょっと静かに! 俺が今から重大な発表がある。みんな心して聞け。……いや、そんなしーんとなるくらいしなくても、少しは騒げよ。それが礼儀ってもんだろうが! 俺の身にもなってみろよ。なんか滑ったら痛い目で見られそうだし!」
俺はチラッと杏先輩を見る。杏先輩は温かな眼差しで見守り、ニコニコと微笑みながら手を振っていた。
ああ~、やっぱ会長は優しい。
「そんじゃ、単刀直入に言うぞ。なんと、今から映画の創作をする! ……ああ、上手く理解してないな。ま、慌てるな。俺がわかりやすく、猿でもわかるように説明するから。つまりだ。今から選抜する生徒で、映画を作り、学校宣伝をするということだ。どうだ? おもしろそうだろ?……。 ……え? おい、ちょっと! 何みんな帰ろうとしてんだよ? まだ話しは終わってねーぞ! ちょ、あれ? せ、先生まで帰るんですか? なんで俺だけ除け者に? お前ら! ちょっと薄情過ぎるぞ! ……あっ、そ、そうだ! 最後に葵から一言あるそうだぞ! ほら、帰っちゃっていいのか!」
その言葉だけで生徒全員戻ってきた。それも先生まで。
俺、そんなに嫌われているのか? 葵ってこんなに人気あったか? どう見てもお子ちゃまなロリ系体質の泣き虫としか思えないのに……。
葵はるんるんとした上機嫌で、生徒に応えるように手を振っている。
俺は横からそっと囁いた。
「おい、ここはお前の力を頼るしかない。何とか映画の創作できるように説明してくれ」
俺の囁きに、葵は手を振りながら、いかにも悪そうな笑みを浮かべ、目を光らせた。
「そしたら、今度デートしてくれる?」
「なに?」
「無理ならいいよ。適当に話して終わらせるから」
「クッ!」
俺は怒りを押さえ、顔が引きつっても笑顔を絶やさなかった。
「わ、わかった。お、お願いします……」
「うん!」
葵は心底嬉しそうに返事をしてマイクを握る。
ふん! デートはお金を使うから嫌なんだ。絶対一円も使わん。葵に全部使わせる。
へへっ。俺の食事代が浮くぜ。ざまあみろ。
葵はコホンと可愛く咳払いをすると、みんなに説明を始める。
中には写真まで撮っている奴までいるぞ。
「え~、私たちは、学校のPRとして、映画を作りたいと思っています。でも、みんなを参加させるのは、ちょっと無理なので、私たちで選抜した生徒で作りたいと思います。みんな、協力してくれるかな?」
みんなは大きな雄叫びを上げて応える。
「「「いいとも~!」」」
どこの昼番組だよ。
しかし、これで創作できる。俺もテンションが上がって続く。
「みんな、俺に協力してくれ!」
そこだけみんなしれーとした感じに押し黙る。
なんだよ……。俺、なんかしたか? 俺悪いことしたか?
「というわけなので、みんな、一緒に頑張ろうね!」
葵が最後も締め、映画の製作は決定した。