十八つ目 俺、戻ります
日曜の午前十時前。
秀は重い足取りで辞めると決めた学校の体育館の前にいた。
本当は行きたくなかった。
また明日からバイトが始まり、今のうちに体力を少しでも回復させたい。
でも、もやもやした気持ちをスッキリさせたく、つい来てしまった。
杏先輩がいるのかわからず、その場でぐるっと見渡してみるが、杏先輩どころか生徒一人姿が見えない。
静寂の空気が周りを包み、自分の足音しか聞こえなかった。
秀は学校のつけられている時計を確認する。
あと2分くらいで十時になる。
秀は重い息を吐き、とぼとぼと体育館の中へと入った。
ドアの鍵は開いており、中は一つライトだけが点灯し、真下にある中央に位置した一つの椅子を照らしている。
「ここに座ればいいのか?」
秀は少し警戒したがゆっくりと椅子に腰かける。
すると、映画の始まりの合図のようにブザー音が響いた。
その瞬間、目の前のステージの上で弾幕が開かれた。
「え?」
そして、映画が始まった。
「これ……」
目の前で繰り広げられていく映画。
いや、これはただの映画ではなく、学校PRだった。
出演者は全てうちの生徒。
そして、それは秀がプロデュースした生徒だった。
「どうして、これが……」
どんどん進み、中盤と入っていく。
そして約一時間程度の映画は終わり、キャスト紹介へと入っていく。
「あっ……」
エンディングの背景は撮影中のみんなの表情。準備や作業中に撮ったものばかりで、これは葵が撮影したものだった。
そして表には生徒の紹介。
出演、カメラ、編集、音響、そして……監督・プロデューサー。
最後に出てきた監督の名前。
それは大きく、しっかりと『坂本秀』と書かれてあった。
「なんで……」
そしていきなり画面が変わった。
「えっ……」
秀はその場に立ち上がり、棒立ちとなった。
「秀! 学校辞めんなよ!」
「病気治ったんなら戻ってこい!」
「また遊ぼう!」
「お前がいないとつまんねーぞ!」
「「「秀くん! 一緒にご飯食べよう!」」」
「お前がいるから学校が楽しいんだぜ!」
「撮影中はおもしろかったよ!」
「「「バンド上手くなったから一度聞いてくれ!」」」
「「漫才聞いて笑ってください!」」
「「「私たちと踊ろう!」
「「「「「せ~の、葵の写真集早くくれ~!」」」」」
「……みんな」
「今度ダブルデートしようぜ!」
「……ナイト」
「相変わらず甘い考えね。簡単に学校辞めて、わがままな人ね。……でも、戻ってくる気があるならすぐにきなさい。……待ってるわ」
「……巽さん」
「秀くん。今日は来てくれてありがとう。嬉しかったわ。これはみんなが後を引き継いで作ってくれたの。だからどうしてもあなたに見て欲しかったの。……秀くん、私はあなたを幸せにはできないわ。あなたの気持ちを癒してあげられなかった。でも、ずっとこれからも仲良くしましょう。できるなら、辞めないでほしい。確かにお金がないのはきついかもしれないけど、できるだけ私たちも支援するから。それが、友達、でしょ?」
「……杏先輩」
「秀ぅ~! 元気~! あ・な・た・の・ハニーだよぉ! 世界一可愛く人気アイドルの葵だよ! ……私、秀のためなら何でもする! お金がないならあげる! ご飯食べたいならいくらでも作ってあげる! 家がないなら泊まってよ! したくなったら襲ってよ! 泣きたくなったら抱きついてよ! 笑いたくなったら一緒に笑お! それほど私は秀が好きなんだよ! 小さいころからずっと好きだったんだよ! だから……だから……学校辞めるなんて、いわないでよ!」
「……葵」
そして最後に……。
「「「「「秀ぅ! 帰ってこ~い!」」」」」
最後に全員からのメッセージを聞き終え、全てが終了した。
そのとき、体育館の証明が全て点灯した。
そして周りの戸口から生徒たちがぞろぞろと出てきた。
「お、お前ら……」
秀は自分の周りに集まる生徒たちを見て動揺する。
その中から葵と杏先輩が出てきた。
「秀くん、はいこれ」
杏先輩から五つの封筒を差し出す。
「これは……」
「お金よ。みんなから集めたの。全部で5百万あるわ」
「5百万? そんなに……」
「気にしなくていいのよ。みんなの気持ちなの。……それほど、秀くんには辞めて欲しくないの」
その瞬間、周りから口々に辞めないでほしいという声が響いてくる。
「みんな……」
「秀……。みんなね、秀のことが大好きなんだよ。騒いで、バカやって、笑い合って。でも、それができるのは秀がいるからなんだよ。学校は、勉強だけじゃない……。友達ができるから、みんな学校が大好きなんだよ」
「葵……」
秀はみんなからもらった封筒を胸に抱きしめ、その場に崩れ落ちた。
少しずつ嗚咽を漏らし、目から涙が溢れ、ぽたぽたと落ちていく。
そして秀は、みんな聞こえるようにはっきり言った。
「……ありがと」
その後、学校の校庭で映画の完成会を開き、飲んで食べて騒いでと繰り替えした。
みんなが花火をして楽しんでいるとき、秀がちょっと遠くで見ていると巽さんが隣に座ってきた。
「帰ってきたのね。ま、私は別にあなたが辞めても良かったんだけど、ま、一応皆教育を受けられる権利はあるわけだから、私の意見だけじゃ無理だし」
「はは。相変わらずきついな」
「……でも良かったじゃない。また学校に通えて。とりあえず、ご苦労様、プロデューサー」
「ありがと。でも、台本とか大変だったろ?」
「私はそれだけよ。一番忙しかったのは会長と天枷さんでしょうね」
「あの二人が?」
「ええ。あなたがいなくなって、できるだけあなたの理想とした物ができるように、毎日夜遅くまで残ってたんだから」
「そうだったのか……」
「ま、いいわ。全て終わったし」
巽さんは立ち上がる。そしてそっと呟いた。
「楽しかったわ……ありがと」
そういい残し行ってしまった。
秀はその後ろ姿を見送る。すると葵が来た。
「久しぶりだね、秀。元気してた?」
「お前は一回も見舞いに来なかったな」
「ごめんね。ほんとは行きたかったんだけど、撮影で忙しくて……。でも、ずっと心配してたんだよ」
「ふっ。わかってるよ。ありがとな、いろいろ」
「ううん。いいんだよ。だって、私秀のマネージャーだもん」
「そうだな」
二人は笑みを浮かべ合う。
「ほら、秀も花火しよ!」
「おう」
二人はみんなの下に走りだし、全員で楽しんだ。
~PS~
みんな、元気にしてたか? 久しぶりに事情報告と行くか。
あのあと俺はどうなったか。
実はな、今ここはあれから十年後の場面なんだ。
そして、俺は葵とゴールインしたわけよ。
え? 杏先輩はどうしたかって?
もちろん。杏先輩も自分のしたいこと目指して頑張ってるよ。
ただ、杏先輩は俺とは結婚できないんだと。
まぁ、仕方ない。
そして、俺の今の職業はもちろん……プロデューサーだ!
見事夢を叶えたぜ!
これから大変だな。でも、なりたかったからめっちゃ嬉しい!
どんどんいろんな作品作り出して、有名人になってやるよ!
みんな元気でな!
ん? そういえば、俺の処女作見てないって?
なるほどな、どっかのインチキ原作者が省いたからな~。
ま、観たかったら、続きを見ろってことだな。
それじゃ、またどこかで。