十七つ目 俺、貰います
「ありがとうございました」
入院して約三週間。無事に退院でき、自由の身になった秀。
ま、おかげで入院費をたんまり取られてしまい、ほんとにお金がなくなってしまったがな。
おかげでバイト代もこつこつ貯めてた生活費もパーだ。
「これで文無しか。ま、再スタートだな」
秀は大きく背伸びをして歩き出した。
次の日から秀は新しいバイトを見つけるためにいろんなところに面接に向かった。
もちろん掛け持ちをするつもりだ。
何とか決まり、昼はファミレスでカウンターや厨房もすることに。
夜はレンタル店でレジや商品の整理など。
睡眠時間は朝6時から10時までの4時間だけ。
毎日がバイト三昧の日々になってしまった。
いっそこのまま就職したいな。はっはっは。
秀は決まった日から一生懸命働いた。
そこで誰もが思う。
学校はどうしたのか? と。
もちろん、辞めたさ……。
夜九時になり、昼のバイトが終わって10時から夜のバイトが始まる。
やはり深夜になると人は来なくなり暇になってしまうな~。
時刻は夜十二時。
店内は人一人おらず、秀はレジの前でぼーっとしていた。
暇だな~。整理も掃除も終わったし、やることないな~。
そうだ! せっかくだしアダルトビデオのところにでも行くか!
へっへっへ。誰もいないし、バレナイだろ。
なんてな。監視カメラあるからすぐばれるし、入ってもいいだろうけど、面倒だからいいわ。
秀は椅子に座り、ぼうっと天井を見上げる。
みんなは何してるだろうか……。
結局映画は完成し、製作は終わった。みんなそれぞれ元の学校生活に戻り、自分のしたいことをしているのだろう。
そういえば、まだ退学届出してなかったな。今度の休みに出しに行くか。
あ、忘れてたけど、親父は何してるんだ?
公園にもいなかったし、履歴書買うのに自販機の下から小銭探したりと大変だったんだぞ。
ま、いつのたれ死んでもおかしくないからな。今度会ったらいろいろ話すか。
ああ~、葵に何も言ってなかったな~。今頃何してるかな。
ま、毎日楽しくはしゃぎまわって楽しんでるんだろうな。
つーか、あいつ結局お見舞いには一回も来なかったな。
一番来てくれそうなやつだったのに。ま、何だかんだで、あいつがいないとおもしろくなかったな。
ま、元気にしてくれたらいいか。
あ、巽さんはちゃんと台本書けたのかな。
演劇部部長だし、ちゃんとできると思うけど、ま、心配ないか。
俺が学校辞めたって聞いたら何ていうかな。
また毒舌吐いてけなすんだろうな。
その程度の人間。社会のクズ。弱者。もう近づくな、敗者臭がつく。
なんてこと言うんだろうな。相変わらずひで~。
でも、なんだかんだ楽しかったもな。
あ、俺いつのまにかM体質になってるし……。
…………杏先輩。
最後にひどいことしたよな。でも、ああするしか、俺には思いつかなかったな。
何かあったら迷惑かけるだろうし。
ま、これでいいだろ。杏先輩だって受験生だからいろいろと勉強で忙しいし、俺にかまう暇ないだろ。
……やっぱり、学校は楽しかったな。
秀はそっと目を閉じる。その目じりからすーっと一滴の涙が頬を流れた。
そのときだ。
「すみません、会計いいですか?」
「あ、はいっ」
秀は慌てて起き上がる。そして目の前の人物を見て呆然と立ち尽くしてしまった。
「あ……杏、先輩……」
そこにいるのは間違いなく杏先輩だった。
「ど、どうしてここに……」
「……知り合いに聞いたの。ここにいるって」
「そ、そうだったんですか……」
二人の間に気まずい雰囲気が流れる。
秀はとりあえずDVDを会計しようとするが、そこで気づく。
置いてある商品、いやそれは商品でもなく一枚の手紙だった。
「え?」
「……招待状よ」
「招待状?」
「うん。……今週の日曜十時に、体育館に来て。秀くんに見せたいものがあるの」
「で、でも、俺、学校辞めるし……」
「でもまだ退学届を出してないから関係ないとはいえない。これは生徒会長として言うわ」
「でも……」
「……何か予定があるの? バイトとか?」
「いや、ちょうどその日は休みだけど……」
「それなら、絶対に来てほしい。これは私個人の願望じゃなく、みんなの意志なの。……一緒に映画を作った」
「みんなが?」
杏先輩はうなずく。
「ねぇ、私まだわからないの。なんで秀くんが学校を辞める必要があるの? みんなが何かした? それともお金がないから? ちゃんとそんな人のために支援できる団体があるんだし、何か悩みがあるなら相談に乗るわよ?」
秀が観念し答えた。
「……俺が学校辞めたのは、もちろんお金がないからです。奨学金だけではどうにもなりません。まず親父が無職じゃどうにもできない。それに、俺学校行っても意味ないと思うんですよ」
「意味ない?」
「だって、俺別に進学するわけじゃないし、何か資格とか身に着けたいわけでも、勉強が好きでもない。それなら、こうやってバイトしてお金稼いだほうがいいし」
「でも、学校ってそれだけじゃないじゃない。勉強だけじゃなく、いろんなことを学べるのよ」
「それでも、今の俺は少しも学校に行きたいと思えませんね」
その答えに杏先輩は口を閉ざす。
秀はすっと招待状を押し返す。
「すみませんが、やっぱり俺はいけません。もう学校には関わりたくないんです」
「……秀くん。最後に一つだけ教えて。……みんなで映画を作っているとき、どう思った?」
「……楽しかったです」
その答えを聞いて、杏先輩は招待状を持たず出入り口に向かう。
「あ、杏先輩! これ!」
「……絶対、来てね」
真剣な目つきでそう言い残し、杏先輩は行ってしまった。
秀はその後ろ姿を見送り、手にある招待状をじっと見つめた。