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十六つ目 俺、辞めます

 体育館の入り口で突然倒れる秀。


 騒ぎ合い、秀を倒す気でいたが本心では遊んでいるだけでそんな気もない生徒たちも目の前の現状に呆然と立ち尽くす。


 秀は体に力が入らないのか、ぴくりとも動かず、意識があるのかわからない状況だ。


 その中で、真っ先に秀の下にかけより動き始めたのは葵だった。


「秀! 大丈夫? しっかして。秀!」


 葵は秀の体を揺すり懸命に声をかける。


 そのとき、後ろからすっと誰かが腰を降ろし秀の体に触れた。


 それは杏先輩だった。


「杏先輩……」


「頭を揺らさないで。葵ちゃんは頭を持ってゆっくりと動かして。まずは一緒に仰向けにするわよ」


「あ、はい……」


 二人は一緒にゆっくりと秀の体を動かし仰向けにする。


「葵ちゃんは大声で何度も呼びかけて」


「う、うん。秀! ねぇ、秀! 起きてよ! 目を開けてよ、秀!」


 その間に杏は秀の容体を調べる。


 呼吸はある。しかし十分にはできていない。喉に何かつまったわけではない。体のどこかに異常は見当たらない。


 ならば悪いのは内部の器官となる。


 杏先輩はポケットから携帯を取り出し救急車を呼ぶ。


 すぐにこれてあと十分はかかるらしい。


 その間に少しでも応急処置をしなければ。


「なぁ、秀大丈夫か?」


「いつもの冗談……ってわけじゃないんだよな」


「このままってわけじゃないよね?」


「嫌でぜ。秀がいない学校なんて楽しくねーよ」


 皆口々に本音を漏らす。


 杏先輩は応急処置をしながらぽつりと思う。


 皆やはり秀くんのことを悪く思っていない。いつもふざけて秀をいじっておもしろがっているが、こんなにも秀を慕って心配している。


 やっぱり、秀くんはすごい……。


 そのあと、呼んだ救急車が到着し、秀は運ばれていった。




 病室の中で、秀はベッドの上で呆然とした表情で外の景色を眺めていた。


 診断の結果、過度のストレスや疲労、並びに栄養失調によるもの。


 一か月半の入院となり、すでに3週間経っている。


 ストレスは恐らく貧乏によることや公園での生活など。


疲労はバイトや睡眠不足、学校PR兼映画作りの作成など。


そして栄養失調は偏った食事や量が少なすぎたから。


 こうやって上げていけば、いつ倒れてもおかしくない状態だ。


 こうなるのも時間の問題だっただろう。


 しかし、それが今じゃなくてもいいはずだ……。


 すでに予定していた学校PR兼映画作りの計画は終了し、映画の募集は締切を過ぎた。


 これで賞金の可能性はゼロ。生活費は稼げられなかった。


 そしてバイト先に連絡すれば、入院と疲労によるものということで来なくていいということになった。事実上のクビ。


 秀はうつむき、ぐっと拳を握った。


 なぜこうなったのだろうか……。神様はこれほどまでに自分を見捨てる気なのだろうか。


 貧乏で、お金も家もなく、満足に食事をもとれない自分に、ここまで仕打ちをするのだろうか。


 秀の目から悔し涙が溢れ拳の上に落ちていく。


 そのとき、ガラッと扉が開き花を抱えた杏先輩が入ってきた。


「あ、起きてたんだ。気分はどう?」


「…………………………」


 その質問に答えず、秀はうつむいたままである。


 これはずっとそうだった。杏先輩は秀が入院してから毎日のように通っているが、満足に会話をしたことがない。


 そして、杏先輩以外に、見舞いに来た生徒は誰一人いなかった。


 杏先輩は花瓶の花を替え、ベッドの隣に座る。


「学校PRの件だけど、何とか撮影は終わったわ。今度の学校説明会で使うらしいわ。みんな前と比べたらほんと上手くなって、良いものができたわ」


「…………………………」


 秀は聞こえていないのか返事をしない。


 杏先輩は気まずい雰囲気でも負けじと明るく振る舞う。


「みんな心配してたわよ。早く退院して、みんなに元気になったところ見せないとね」


「……杏先輩」


「ん? なに?」


 杏先輩はニコッと笑みを浮かべて待つ。


 秀は重い口をそっと開いた。


「……もうここには来ないでください」


「……え?」


「あと……もう俺ら一緒にいるの止めましょう。俺、学校辞めるんで」


 突然の深刻な告白に戸惑う杏。


「え? そ、その……どういうこと?」


 うつむいていた秀はそっと顔を上げて杏を見る。


「俺、もう嫌なんです。この映画のために頑張ってきたのに、それがすべて台無しになった。それにもう稼ぐこともできないので、学費だって払えないですし、もう学校も辞めなければいけません。……友達だって、みんな全然来ないですし」


「いや……それは違うわ。友達は来たがってたけど――」


「だったら何で来ないんですかっ!」


 いきなりの怒声に杏先輩は身を強張らせる。


「……ほんとに友達だったらお見舞いくらい来ますよ。でも誰も来ない。俺なんて、その程度の友達ってことなんですよ。もう会いたくもないです。学校も辞めますし、情がうつらないうちに、俺のことなんて忘れてください」


「ちょ、ちょっと待ってよ、秀くん。みんなは――」


「早く出て行ってください!」


 秀は頭を抱え声を上げる。


 杏先輩は口をつぐみ自分の腕をぎゅっと握る。そして震える声で言った。


「……わかったわ。もうここには来ない。……ごめんなさい。でもね、これだけはわかってほしい」


 秀はそっと精気のない目で杏先輩を見る。


「みんなは、あなたを見捨てたわけじゃない」


 それだけを言い残し、杏先輩は肩を落としながら、最後にさっと目に溜まった涙を拭いて出て行った。


 秀はその後ろ姿を見届け、ふっと軽く息を吐いた。


 これでいいんだ……。これで……。

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