十四つ目 俺、招きます
俺が打ち明けた今まで隠していた秘密。
俺が、家もないくらいの貧乏だということを……。
その事実を聞き、杏先輩は呆然と俺を見ていた。
「すみません、杏先輩……。俺、ものすごく貧乏なんですよ。だから……その、付き合うとか、そういうのは、多分無理だと……」
俺は無言のまま頭を下げる。
「秀……」
葵が小さく声を放つ。
「……秀くん」
杏先輩がようやく声を出す。
「……はい」
「……貧乏って知ってたわよ」
「……………………え?」
俺は少しキョトンとした表情で顔を上げる。
「いや、でも、俺そんなこと、葵にしか言って……」
杏先輩も不思議そうな顔で、
「でも、秀くんの行動を見れば貧乏っていうことはわかると思うわよ」
「はい?」
「だって、毎日葵ちゃんにお弁当貰って、お昼は水だけで過ごして、夜遅くまでバイトして、奨学金で学費を払って、毎日ボロボロの制服で、これだけで貧乏なんだってわかるわよ」
その答えに俺はあっさりと知られていたことにだんだんと恥ずかしくなってきた。
「そ、そうだったんですか……」
「うん。でも、多分知っているのは私だけよ」
「え?」
「だって……」
杏先輩は顔を上げて、優しさ満点の笑顔を見せる。
「それほど、秀くんのことを見てたんだから」
俺はボンッと聞こえそうなくらい顔を赤くし、直視できずうつむいてしまう。
「え、えと、あの……あ、ありがとうございます」
「うん」
そして、俺と杏先輩はいつも以上に仲良くなった。
付き合っているかどうかは、そちらの判断でお願いしまう。
金曜日の夜。
バイトが終わると、一旦家に帰り、俺のバイトまで夜遅いのに来てくれた杏先輩と共に、我が家に行くことになった。
俺は拒否したのだが、杏先輩がどうしてもと言い、また生活の手助けをしてくれるとのことだ。
ああ、ありがたいな~。
「それで、秀くんの家はどこなの?」
「はい。俺の家は、学校とバイト先に近い場所にあるんですよ」
「へ~、近いと良いわよね」
「はい。それに、いつでも引っ越しできるので、好きな場所で寝られるんですよ」
「好きな……場所?」
「はい」
そして、二人は数十分歩き。
「ここが、俺ん家です!」
俺は手を広げ、広い土地の上でどうどうと胸を張って宣言する。
その姿勢に、杏先輩は頭の上に?マークをつけている。
「俺ん家って……ここ公園でしょ?」
「はい。公園が、俺ん家なんですよ」
「……えええぇぇぇっ!」
「ちょ、ちょっと、杏先輩。あまり大声出さないでください。近所迷惑って訴えられたら、俺ここに住めなくなるんですから」
「え? あ、はい、すみません……。で、でも、ここが家って……どこに寝るの?」
「俺は滑り台の上です」
「はい?」
「ちょっと狭いですけど、滑り落ちないように、下に隠していたコンクリートを三枚くらい乗せて、そして横になります。満点の星空を眺めながら寝られるので最高ですよ」
「で、でも、雨の日は?」
「滑り台の下ですよ」
「それでも濡れるんじゃ……」
「あそこにあるベンチ、取り外せるようにしたんで、それを下に置いて、ベンチの上で寝ます」
「じゃ、じゃあ、冬の日は? 寒いと風邪引くわよ?」
「寒い日は段ボールと新聞を巻いて寝ます。新聞を体に張り付けると、けっこう温かいんですよ」
「そ、そう……。じゃあ、お風呂とかは?」
「風呂はちゃんと入ってますよ。近くの温泉で入ってます」
「そっか。それなら安心。あと、洗濯とかは?」
「コインランドリーを使ってます。たまにそこで寝ることもありますね」
「そっか。でも、すごいわね……」
「まあ、でも、家が無いだけで、そこまで不便じゃないですよ。トイレだってありますし」
「そう……ね……」
杏先輩は不安になってきた。まさか、ここまで貧乏とは知らなかった。
「あ、ちょうど親父が帰ってきました」
「え、お、お父さん?」
これはしっかり身だしなみを整えて挨拶しなければ。
「親父、紹介するよ、うちの生徒会長でもある真宮杏先輩」
「は、初めまして、真宮杏です。お邪魔してます」
杏先輩は親父を直視する。そしてまず思ったのが、
『これじゃリストラされて貧乏になっても仕方ないわ』
すると、秀の親父は秀に耳打ちしてどこか行ってしまった。
「ど、どこに行ったの?」
「ん? ああ、今日はコインランドリーで寝るから、あまりはめ外し過ぎるなって」
あの、クソ親父、私が秀くんとするみたいな言い方じゃない!
「さて、それじゃ、俺は今から飯食うけど、一緒に食べる?」
「え? あ、うん。そうだ。私お弁当持って来たの。良かったら食べて」
「え? ほんとに? やったぜ!」
秀は嬉しそうにはしゃぎまわる。これなら、持ってきた甲斐があった。
「手作りだから、お口に合うかわからないけど、どうぞ」
「いただきます!」
秀はおいしそうにどんどん食べていく。その姿を見て、つい口元が緩んでしまう。
貧乏と、思っていた環境と違えど、やっぱり秀くんは偉いわ。こんな状況でも弱音はかず、前向きに生きている。
自分の目に、狂いはなかった。
全部を秀くんは平らげてしまい、寝ることにした。
「ごめんな、杏先輩。布団、これしか見つからなくて……」
「ううん。別にかまわないし、秀くんが使っていいのよ」
「いや、杏先輩のために探してきたんだ。さ、使ってよ」
「うん……」
決して綺麗とは言えない、捨てられた敷布団。私はそれを使って寝ることになった。
秀くんは隣で段ボールを敷き、その上で寝ている。
私はそっと秀くんに問いかけた。
「ねぇ、秀くん」
「はい?」
「今度、私の家に遊びに来てくれない? それでね、良かったら、家にずっと住めば……」
「杏先輩。ここが俺ん家です。親父残して、そんなことできませんよ」
「……そう」
そのときだ。
「へっくしゅ!」
秀くんは体を震わせ大きなくしゃみをした。
「……秀くん、こっちに来て」
「え?」
「寒いでしょ? 一緒に寝よ」
「いや、でも……」
「いいから。早く」
「は、はい……」
秀くんはそっと私の布団に入り込み、恥ずかしいのか背を向けて横になる。
私はくすっと笑った。
「秀くん、こっち向いて」
「え? いや、でも……」
「いいから。ほら」
私は無理やりに秀くんをこっちに向かせる。
秀くんの顔は真っ赤で、そんな表情で見つめるから、つい私も顔を赤くしてしまった。
「あ、その、すみません……」
秀くんが謝る。でも、私はそっと秀くんを抱きしめた。
「さ、寝ましょ」
「は、はい……」
そのまま、二人は公園のど真ん中で、静かに目を閉じた。