十一つ目 俺、働きます
「ううぅ~……」
俺は疲労困憊の中、眠たそうな顔をしながらふらふらと登校していた。
昨日もバイトだったのだが、突然勤務時間延長され、結局朝までさせられたのだ。
つまり、徹夜、一睡もしていないのだ。
「ねみぃ~……」
俺は今日何度目かわからない欠伸をする。
こうなったら仕方ない。学校で寝よう。
しかし、そうはいかなかった。
一時間目。数学。小テスト。
俺は眠たい目を擦りながら必死に解いていた。
二時間目。国語。漢字テスト。
俺は目を血走らせて手を動かした。
三時間目。英語。単語テスト。
俺は今日に限ってテストだらけのこの日に堪忍袋の緒が切れそうだった。
四時間目。体育。サッカー。
体育は寝たくても寝れない……。
昼休み。弁当。学食。
幸か不幸か、朝はいつも通り葵のお母さんからもらった弁当を食べ、昼休みは寝ようと思ったのだが、友達がちょ~不自然なほどに学食を奢ってくれた。貧乏な身には断れない。
五時間目。社会。歴史。
今黒板の板書をしている。これを書かなければテストはできないそうだ。
六時間目。理科。実験。
この日に限って授業ではなく実験。寝る暇がない。
そして結局、授業中も寝ることができず、放課後となってしまった。
本来なら真っ先に保健室に行って寝たいのだが、俺はプロデューサーとして、自分の勤務を放棄するわけにはいかない。
なので起きていた。
「眠い~」
俺は演劇部部長の巽さんと再びロケ地めぐりをしていた。
「さっきから欠伸ばかりね。寝てないの?」
「寝てない……」
巽さんは飽きれるようにため息を吐く。
「高校生だからあんなことやこんなことに興味があるのはかまわないけど、ほどほどにしないと意外に体力消耗するのよ。溜めるのも悪いけど、限度ってものを考えなさい」
「ちょっと待て! 今どんな想像した!」
「え? 高校生の男子が夜中にしそうなことってあれでしょ。家族が寝静まって、こっそりと部屋を抜け出し、隠し持っていたDVDを挿入し、聞こえないようにイヤホンを点け、相棒のティッシュを装備して……」
「待った待った! 俺はそんなことのために徹夜したんじゃないの!」
「嘘でしょ? それでも人間?」
「いや、無いとも言えないけど……」
「あら? あっさり認めるのね」
「っていうか、なんで女子がそんなこと知ってるんだよ!」
「私が知ってても変ではないわ。私だってするもの」
「えっ?」
「一人ティッシュを抱え、テレビに没頭しながらのめり込むの」
「……ごくっ……」
「特にラストのクライマックスは涙が溢れて……」
「そうですよね! そんな落ちですよね!」
「あれ? あなたは何を考えていたの? まさか、男しかしない、あの下種な行為のこと? ……キモ」
「なんだよ! そんな言い方すんなよ! 女だってするやつはいるだろ!」
「うわ~、それ言っちゃう? サイテ~」
「ちょっと待て! 話を戻す! 俺は昨日バイトで徹夜して寝てないの!」
「でしょうね」
巽はスタスタと歩いていく。
こいつ、俺にケンカ売ってるよな。
そして、下校時刻になり、活動は終了。
ようやく自由の身になった。
「ああぁ~、だる過ぎる……」
「秀大丈夫? ほら、膝枕してあげる」
葵が床に座り、自分の膝をポンポンと叩いている。
「お前の膝なんて俺の頭の半分しかねーよ。それよりバイトだ」
「え? 昨日徹夜だったんでしょ? 大丈夫なの?」
「仕方ないだろ。働かないと生きていけないんだから」
「でも……」
葵がいつになく心配した表情で見てくる。
「そんな心配すんな。今日は夜勤はないし、いつも通りで終わる。帰ったらすぐ寝るさ」
そういって秀は生徒会室を出てバイト先へと向かった。
「秀……」
葵はその場で秀を見送り、すぐさま携帯を取り出した。
「…………」
俺はバイト先のコンビニで目の前の状況に混乱していた。
なぜだろうか。今コンビニ内は多くの学生でいっぱいだった。しかもほとんど知った顔だった。
「お、秀頑張ってるか」
「ははは、エプロンとか似合わねーな」
「これくれ。金はつけで」
俺はすぐさま携帯を取りだし、この主犯に電話する。
と思ったが、すぐ隣で携帯音が鳴り響いた。
「はいはい。みんなのアイドル世界の人気者の葵だよ」
「死ね」
「ひどっ!」
俺は携帯を閉じ隣に顔を向ける。
「お前か、この状況を作ったのは」
俺の隣でなぜか一緒のエプロンをつけた葵がエラそうに笑っていた。
「あまり暇すぎたら眠くなるから、逆に忙しくすればいいと思って私が呼んだんだよ。どう? いいアイディアでしょ」
「逆に迷惑だ」
俺はせっせと注文の品をレジに通し袋に入れていく。
「おら、お前も手伝え!」
「は~い」
葵はレジに着く。
「並んでる方、こちらにどうぞ!」
その瞬間、俺のところに並んでいたやつら全員が葵のところに行きやがった。
ちょっと待て! こっちのほうが空いてんだろうが!
「ええと、おにぎり三個で合計300万だ!」
「どこの昔の八百屋のおじさんだよ!」
「はい、300万」
「こいつ、ガチで300円じゃなく300万払いやがった! どこにそんな金があったんだ!」
「ええと、次はお弁当ですね。こちらレンジで温めますか? ひと肌で温めますか?」
「ひと肌ってなんじゃ!」
「じゃあ、ひと肌で」
「は~い」
「ちょっと待て! 何自分の服の中に入れようとしてんじゃ!」
「え? だってひと肌だから」
「レンジだけでいいんだよ!」
「わかったよ、もう。こちら温めますか? 爆発させますか?」
「爆発させるまで温めるな! 30秒くらいでいいんだよ!」
「じゃあ、爆発で」
「お前弁当買った意味ねーじゃん!」
「次は、おでんですね。……こちら食べますか? 私がもらってもいいですか?」
「どんな質問だよ! どんだけ食い意地はってんだよ!」
「じゃあ、あげます」
「お前何しにコンビニ来たんだよ!」
「次は雑誌ですね。……捨てますか? 燃やしますか?」
「アダルト雑誌だけでそんな選択肢あげるな!」
「わかりました、廃棄します」
「お店の全部捨てるな!」
「次はお菓子ですね。こちらレシートとお釣りです。ありがたくいただきます」
「賞品も渡せ!」
「次はお飲物ですね。こちら振りますか?」
「炭酸だから振ったらだめだろ!」
「最後のお客様ですね。ええと……お金が欲しいですか?」
「なんかコンビニ強盗まで列に並んでた!」
「申し訳ありません。ここのお金は全部私のです。他をあたってください」
「誰の物でもねーよ!」
「ふざけんな! 早く金出しやがれ!」
うわ~、包丁持ってキレやがったよ~。おとなしく出した方がいいんじゃねーか?
「こちら温めますか?」
「お前札束持ってどんな質問してんだよ!」
「早くこっちに渡せ!」
「お客様! 店内ではお静かにお願いします! 今流れてる音楽が聞こえないです!」
「コンビニの音楽なんてどうでもいいだろ! しかもまたお前の好きそうなアニソンだし!」
「命が欲しかったら金を渡せって言ってるだろ!」
「何言ってるの!」
いつになく葵がギャクギレした。
なんで?
「今一番お金が欲しいのはこの秀の方だよ! お父さんはリストラされて、バイトの給料でしか稼げなくて、ご飯なんてお弁当二つだけで、借金まであるんだよ。しかも家までなくて公園の滑り台で寝泊まりして、周りからは冷たい目を向けられても一生懸命生きてるんだよ。それと比べたらどうってことないでしょ!」
このバカ! それ以上俺の生活状況を赤裸々に暴露してんじゃねーよ! 恥ずかしいのはこっちなんだよ!
しかし、なぜかコンビニ強盗は改正したのか、納得し帰って行った。
「はい、秀」
葵が俺に渡してくる。そこにはほかほかに温められた札束があった。
「いるか!」
そんなことをしている間に、時間はいつのまにかあっという間に過ぎており、気づけば終わっていた。