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お膳立てなんて必要ない


 ユノセの存在に初めて気づいたのは、12月になったばかりの頃だった。

 街全体がクリスマスの準備に浮き足立ち始めて、社内でも女性社員の話題はクリスマスの予定でもちきりだった。「カレシと豪華なディナーよ」とか「片思いの相手を誘ったらOKしてもらえたの。うれしくて泣いちゃった」だとか、そんな話ばっかり。

 その頃の私は、そんな浮かれた話題を少し苦々しく聞いていた。

 恋人はいたけど、その彼はもう私との付き合いに見切りをつけていることに薄々勘付いていた。もう最近は連絡しても来てくれないことのほうが断然多い。

 でも私はまだ彼とやり直せると本気で思っていて、「いつもの場所で待ってる」と彼にメールしては毎日のように来ない彼をひたすら待つということを続けていた。

 その場所は私と彼の思い出の場所だったから。



 私がそこで待っていると、毎日のように目の前を通り過ぎていく人がいた。

 その人の帰り道が偶然ここを通るだけかもしれないけど、毎日のように見れば顔も少しは覚えてしまって。もしかしたら相手も、いつもここに座ってる変な女だと思ってるかもしれない。

 その人を偶然会社で見かけた時はまさか同じ会社なのかと思ったけど、社内でも屈指の情報通である同僚に聞いてみると、その人は某社との共同プロジェクトに参加する、他社の社員らしい。私が興味を持ったことが珍しかったのか、友人は親切にもユノセマサヤという名前まで教えてくれた。



 そして、クリスマスも相変わらず私は彼を待っていた。

 今日こそは来てくれると信じて。


 いつもここを通って行くだけの、あの人ユノセが、今日は近くのベンチに座っていた。

 あの人も恋人と待ち合わせしてるのだろうか。

 クリスマスなのだから、当然かもしれない。

 私はまだ来ない待ち人を想って、そっとため息をついた。


 私が待ち始めてから1時間以上経っているにもかかわらず、ユノセはそこに座ったままだった。待ち人が来る気配もない。

 クリスマスに待ちぼうけなんて、私だけかと思ったのに。



「おでん食べに行かないか?」

 急に立ち上がって、話しかけてきたユノセに驚く。

 今まで話したこともなかったのに、随分と気安い口調だと思った。

「行かない。……なんで?」

「寒いから。それとも、まだ待つ?」

 一瞬、頭が真っ白になった。

 それは、私の質問に対する返事のせいではなくて、まだ待つのかと問われたから。それがまるで、自分の心の声かと錯覚したから。

 まだ待つのって自分にずっと問いかけ続けてたのは、紛れもない私自身。でも、そんな心の声を聞かないように蓋をしていたのも私。

 もうダメだって、昔には戻れないって、そう思ってる自分を認識する。 

 ユノセを見ると、私が考え込んでるうちにちゃっかり私の隣の座っていたようだ。

 なんだか、今なら、もう潮時だなって諦められそうな気がした。

「――ねぇ、おでん食べに行かない?」

 それを聞いたユノセは軽く笑って、聞き返した。

「行かないんじゃなかったのか?」

「今は、食べたい気分になったの。もちろん、おいしいお店を知ってるんでしょ?」

 ユノセは笑いながら「もちろん」とだけ答えて、ゆっくりと歩き出した。

 私は一度もベンチを振り返ることなく、ユノセの背中を追いかけた。



 ユノセが連れてきたのは、少し路地に入ったところにある居酒屋だった。彼とは来たことのなかったようなその居酒屋は、クリスマスにもかかわらず会社帰りのサラリーマンたちで賑わっていた。アツアツのおでんは、冷え切った体も、そして心も溶かしてくれた。

 ユノセと話す楽しい会話。

 そんな中、ほんのり酔った私はユノセに訊いた。なんで私に声をかけたのか、と。

「興味があったんだ。その相手、さすがに今日は来るのかなって思って」

 そして結果は見ての通り。彼は、来なかった。

 私はきっとはじめから分かってたんだと思う。彼は来ないって。

 ちゃんと諦めるタイミングを掴めたのは、きっとユノセのおかげだった。


 その日はただおでんを食べて、楽しい時間を過ごした。



 クリスマスを過ぎて少し経ったある日、あの情報通の同僚が楽しそうに私のところにやってきた。

「この前言ってた人と一緒のプロジェクトの中に、私の友達がいたのよ。あの人、紹介しようか?」

「……。あぁ、もういいよ」

 まったく興味がなさそうな調子で言ってみる。

「え?この前は興味あるって言ってたじゃん」

 そうだっけなんて言ってとぼけてみせると、同僚は少し呆れながらも諦めてくれたらしい。

 もうすでに知り合いになりました、なんて言えやしない。そんなことを言ったら、どうやって知り合ったのかって聞かれるのは必須だし、それはなんとなく避けたかった。


 結局、私たちが「友達」になるのにお膳立てなんて必要はなかった。


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