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あめのふり始めた午後。
一人の男が小雨の中立っていた。
オシャレとは言えない長髪に、流行とは言えないクシャクシャの服。
彼は、30代前半の働き盛りの若い男性で、白い肌に青い目をしていた。
「どいつもこいつも…」
彼は、社会に不満をもっていた。
自分を必要としない社会。
自分に気づいてくれない社会。
自分の存在を忘れてしまった社会。
そして、面白くも何ともない世界。
男は常に下を向き、空を見上げることはなかった。
「時間さえ、時間さえあれば俺は変われるのに…。」
男は自分にそう言い聞かせ今日も後悔の中で生きていた。
「あの、すみません。」
知らない男が話しかけてきた。
その男は60代の老人で、杖をつき、いかにも紳士的な人だった。
「俺に用ですか?」
老人はそう言われると、静かにうなずいた。
「あなたにプレゼントを持ってきたのですが…。」
「プレゼント?一体誰からなんです?プレゼントを俺にくれるような人なんていませんよ。」
「それがいるんです。あなたの事を、ずっと気にかけている方が。」
「誰です?」
「今は言えませんが、常にあなたを見守ってくれています。」
「そうですか。それで一体何をくれるんです?」
男は軽い気持ちで話を聞いていた。
「紹介が遅れました。私は、ラウルと申します。」老人は軽く頭を下げ、会釈をした。
「プレゼントと言いましても、無理に受け取る必要はないんです。お気に召さなければ断ってもかまいません。そこだけは覚えておいてください。」
若い男は不思議そうな目をしていた。
プレゼントを持ってきたと言ったかと思ったら、受け取らなくてもよいなどと言い出したからだ。
「ラウルさん、からかっているになら他をあたってください。付き合う暇はないんですよ。」
「からかうなどめっそうもありません!私はただ事実を述べただけで
す。」
老人はポケットから小さな木箱を取り出した。
「これは?」
「時間の箱です。この箱を開ければ一度だけ時間を操れます。未来に行くもよし、過去に戻るもよし。しかし、注意してください。時間を操れるのは一度だけですよ。」
若い男は笑っていた。
「ラウルさん。木箱を開けただけでそんな事できるわけないですよ。そんな事ができるなら誰だって苦労はしませんよ。」
「では、あなた様は木箱をいらないというのですね?」
ラウルはポケットへと木箱をしまいこもうとしていた。
「ちょっとまって!誰もいらないとは言ってません!現実にそんな事が出来るなら苦労はしないと言っただけです。」
「では、受け取るのですね?」
「えぇ。ありがたくもらいますよ。」
若い男は木箱を受け取りラウルへお礼の言葉を述べた。
「ラウルさん。ありがとう!おかげで勇気が出たよ。」
男はそう言うと、ラウルはまた深々と頭を下げた。
ラウルとの会話に夢中になっていたせいか、雨が強くなってきたことにも気付かなかった。
ラウルは最後に男へ質問をした。
「もしよろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ構わないよ。僕の名はジータ。」
「もう一つ質問をしても?」
「なんです?」
「その木箱を疑っているのはわかりますが、もし、時間を本当に使えるとして一体、未来と過去のどちらに行くつもりです?」
ラウルは心配そうな顔をし、ジータにたずねた。
「そうだなー。まだ決めてはいないけど家でじっくり考えるよ。」
ラウルは悲しそうな目をしていた。
「わかりました。それでは確かにジータ様にお渡しましたから私はこれで失礼します。」
ラウルは杖をつきながらジータとは逆の方向には歩きはじめた。
「変わったおじさんだなぁ…」
ジータは妙な胸騒ぎを覚えたがあまり気にすることもなく家へと歩きはじめた。
家へ入るとびしょびしょになった上着を脱ぎ、シャワーの蛇口をひねり、お湯が出るのを待った。
「こんなに雨が降らなくてもいいだろ…」
天気に対しても愚痴がこぼれた。ジータはシャワーを浴びて体を温めた。
タオルで体をふき、髪をふきあげた。
鏡に写っている自分と目が合い、どうしようもない不安が襲ってくる。
「このまま僕はどんな人生を歩むのか…」
つい口に出していってしまった。
それもそのはず、彼は不幸続きだったからだ。
去年、たった一人の肉親だった弟を事故で亡くし、それが原因で精神障害を発病。
仕事もままならず会社をクビになってしまった。
今の世の中、可哀想だという感情だけで同情してくれる人間なんていなかった。
ジータは濡れた上着の中に入れていた木箱が気になっていた 。
「あんな木箱1つで人生が変わるなら楽だよな。」
ジータは濡れた上着から木箱を取りだし、テーブルの上に置いた。
木箱は小さく、手のひらに乗るようなサイズだった。
色は木目柄で特に装飾もされていない。
ジータはおもむろに木箱を開けた。
「・・・・・。」
木箱の中は何も入ってはいなかった。
「だろうな。」
ジータは当然のごとく木箱をテーブルの上に置いき、椅子に座りテレビをつけた。
「おっ!懐かしいアニメだ!」
テレビにはジータが子供の頃に見ていた、懐かしいアニメが流れていた。
そのアニメは犬が主人公のアニメで、飼い主を騙して逃げ出すという話だった。
「このアニメは何度見ても面白いな!子供の頃を思い出すよ。」
思わずジータはアニメを見ながら笑ってしまった。
ジータはアニメを見ながら子供の頃を思い出していた。
弟と二人でよくイタズラをしたこと、ケンカや説教をされたこと。
思い出せばキリがなかった。
そのうちだんだんジータは眠気に教われていった。
彼は夢を見ていた。
見たことのない両親と弟の四人でレストランで食事をしている夢だ。
家族とはこんなにも温かく、大きな存在だとは夢の中だけでも十分理解できていた。
そのうちジータは目を覚ました。
目には涙の流れた跡がある。
「ははっ。こんな歳にもなってみっともない。」
ジータは涙をシャツでぬぐい、時計を見た。
時間はAM4:26分。
テレビは砂嵐の画面と音が鳴り響いていた。
ジータはテレビを消して、ベッドへと向かっていった。
ベッドへと潜り込み、眠りにつこうとするがなかなか眠れない。
頭の中に残る、まだ見ぬ両親の笑顔と弟の笑顔が離れなかった。
「あいつ、天国で何してんだろ。」
ジータは溢れそうな涙をこらえ、眠りにつこうと目を閉じた。
ジータはこの2分後に人生最大の時間が訪れるのであった。