第7話:伯爵サマ、営業妨害は高くつくわよ?
ガイルが『よろず屋オネェ』の頑丈な盾兼・荷物持ちとして加わってから一週間。
アタシが前貸しした治療費と、特別に調合した美容健康ハーブのおかげで妹さんの病気もすっかり快方に向かったらしく、ガイルは毎日、ピカピカに磨き上げた鎧を着て朝8時半には店の前で直立不動で待機するようになっていた。カタブツだけど、真面目なところは評価してあげるわ。
そんなある日の午前11時。お店が一番賑わう時間帯に、その事件は起きたわ。
ガシャーーーンッ!!
派手な音を立てて店の扉が蹴破られ、上品だけど趣味の悪い成金趣味の服を着た男たちと、私設の兵士たちがドカドカと店内に踏み込んできた。
せっかく並んでいた可愛いお客さんたちが「ひゃっ!」「何事!?」と悲鳴を上げて逃げ出していく。んまぁ! アタシの営業妨害をするなんていい度胸じゃない!
「おいおい、ずいぶんとシケた店だな。ここが噂の『よろず屋オネェ』か?」
中央から進み出てきたのは、肥満体をこれ見よがしな毛皮で包み、指にジャラジャラと宝石の指輪をはめた下品な男。
その顔を見た瞬間、ガイルさんの顔が怒りで怒髪天を突く勢いで真っ赤に染まった。
「……バルサス伯爵……っ! なぜ貴様がここに……!」
あら、この脂ぎったおじさんが、ガイルをハメて魔の森に送り込んだっていう悪徳貴族ね。
カウンターの下からは、ルミナちゃんが「ひぃっ、なんか強欲の塊みたいな人間が来たわぁ!」とニアちゃんの背中に隠れてガタガタ震えている。
「おやおや、死に損ないの元騎士ではないか。フン、命を拾ったと思えば、こんなオカマの薄汚い店で泥棒猫やトカゲと傷の舐め合いか。みっともない」
バルサス伯爵は冷酷に鼻で笑うと、机の上のハーブティーの瓶をステッキで床に叩き落とした。
ガシャ、とガラスが割れ、アタシが丹精込めて作ったハーブが床に散らばる。
「おい、オカマ。お前が王女殿下のお気に入りだと聞いて来てみれば、こんなゴミのような店だったとはな。……いいか、今すぐこの店を畳んで王都から出て行け。さもなければ、この店ごと灰にしてやるぞ?」
静まり返る店内。
ガイルさんが大剣に手をかけ、ニアちゃんが逆手にナイフを構える。ルミナちゃんはなぜか「今のうちにタルト口に詰め込んどこ……」とモグモグしている。
アタシは……。
床に散らばったハーブを一瞥し、それからパチッと腕時計に目をやった。
現在の時刻、午前11時15分。
定時(18時)まで、まだ6時間以上ある。
「(……あぁ、良かったわ。まだオンモードね。たっぷり時間をかけて、この脂ぎったおじさんにお説教(CQC)してあげられるじゃない)」
アタシは最高の笑顔(ただし目は一切笑っていない)を浮かべると、指の骨をポキポキと鳴らしながらカウンターを優雅に乗り越えた。
「んまぁ〜! バルサス伯爵サマ? アタシの店をゴミ呼ばわりした上に、大切なハーブを割って、おまけに営業妨害? ……あんた、これだけの損失をどうやって補填してくれるのかしら?」
「黙れ、無礼者! であえ、この無礼なオカマを叩き潰せ!」
伯爵の命令で、周囲の私兵5人が一斉に抜刀し、アタシに躍りかかってきた。
「ボス、危な――」
ニアちゃんが叫ぶより早く、アタシの身体は動いていたわ。
前世のSP(要人警護)として、刃物を持った暴漢の対処なんて何百回とシミュレーションしてきたのよ。
一人目の剣を紙一重でかわすと同時に、アタシは彼の懐に滑り込み、顎の下へ強烈な掌底を叩き込んだ。
ゴガッ! と鈍い音がして、一人目が白目を剥いて消沈。
「なっ!?」
驚く二人目の手首を掴み、そのまま関節を逆に極めて肉の盾にする。三人目と四人目が放った剣が、身内の鎧にガキンと弾かれた隙に、アタシは盾にした兵士ごと足を払い、二人まとめて床に叩きつけた。
「フンッ! ハッ!」
残る二人には、エリーちゃんに習った身体強化の魔力を拳にほんのちょっぴり乗せて、お腹にストレートを突き刺してあげたわ。
「ぶふぇっ!?」
兵士たちは漫画みたいに「く」の字に折れ曲がり、そのまま床に転がってピクリとも動かなくなった。
わずか十秒足らず。
立っているのは、アタシと、完全に腰を抜かして床にへたり込んだバルサス伯爵だけ。
「ひ、ひぃぃっ!? な、何者だお前は……! バケモノか!?」
「失礼ねぇ、美のカリスマ・レンちゃんよ♡」
アタシは怯える伯爵の胸ぐらをガシッと掴み上げると、その至近距離で、極上のニッコリ笑顔を向けた。
「いい? 伯爵サマ。アタシの営業損害、割られたハーブ代、そしてアタシの大切な従業員たちを侮辱した精神的慰謝料……合わせて、金貨100枚(約1000万円)を今すぐここに請求するわ。払えないなら……あんたのその脂ぎった贅肉を全部削ぎ落として、脂肪吸引の刑に処してあげるけど、どうする?」
「は、払う! 払うから命だけはぁぁぁ!」
伯爵は涙目になりながら、懐から金貨がぎっしり詰まった袋を放り出した。アタシはそれをニアちゃんに目配せしてキャッチさせる。
「毎度あり〜♡ 二度とアタシの前にその汚いツラ見せないでね。さっさとそのゴミ(部下)を引き取って消え失せなさいッ!」
アタシが手を離すと、伯爵は気絶した部下たちの襟足を必死に引きずりながら、脱兎のごとく店から逃げ出して行ったわ。
「ふぅ……。ちょっと汗かいちゃったじゃない。ニアちゃん、床の掃除お願いね。ガイルは割れたガラスの回収」
「へ、へい! ボス、マジで怒らせちゃダメなタイプだ……」
「うむ、レンちゃんどのの武勇、改めて感服いたした!」
二人が畏怖と尊敬の眼差しを向けてくる中、ルミナちゃんだけが「あー、ハラハラした。タルトおかわり!」と空気を読まない発言をしていたので、おでこにデコピンをかまして大人しくさせておいたわ。
◇ ◇ ◇
その後、伯爵からむしり取った金貨のおかげで、割られたハーブの何十倍もの高級食材や備品を仕入れることができ、お店はさらに大繁盛。あっという間に外は夕暮れ時に染まっていった。
ピピッ、ピピッ。
腕時計のアラームが午後18時ちょうどを告げる。
「――あー、時間だな。お疲れ」
アタシは頭のシュシュをパッと外した。
前髪がハラリと落ち、華やかだったオネェのオーラが霧散する。目つきは冷徹な男のものになり、声のトーンがぐっと低くなった。
「ガイル、ニア、戸締り任せたぞ。ルミナ、お前は今日食い過ぎだ。夜飯は抜きな」
「ええぇぇー!? そんな殺生なー!」
ルミナちゃんが床に寝転がってジタバタしている。
「桃瀬のボス、お疲れ。また明日ね」
「うむ、桃瀬どの、お気をつけて!」
二人の優秀な部下に見送られ、俺はジャケットを羽織って夜の王都へと歩き出した。
冷たい風が頬をなでる。
「(バルサス伯爵の連中、これで大人しくなればいいが……。まぁ、これ以上店に手を出してくるなら、次は定時後の俺が、裏から徹底的にハメ殺すだけだけどな……)」
胸ポケットのタバコに火をつけ、俺は気だるげに煙を吐き出した。
さて、今夜は手に入ったあぶく銭で、下町の隠れ家酒場で最高級のワインでも開けるとしますか。




