第15話:王宮の闇は、定時後にしか暴けない
第二王子のルカくんの聖杯を無事に奪還し、異界のイカもどきをスピード仕分けしてから数日。
王宮からは、ルカくんの『成人の儀』が無事に大成功で終わったという、おめでたい報せが届いていたわ。これで一安心ね。
そんなある日の午後3時。
お店が落ち着いた時間帯に、アタシがガイルの太すぎる眉毛を美しく整えて「んまぁ! さらに精悍なイケおじになったじゃない!」とハサミをチョキチョキ鳴らしていると、店の裏口が静かに開いた。
現れたのは、お忍び用の私服姿の、だけどどこかやつれた表情の眼鏡監査官・レイモンドだったわ。
「レン……。いや、レンちゃん殿。今日は監査ではなく、個人的な……その、相談に来た」
レイモンドは眼鏡の位置を気にしながら、カウンターの隅に腰掛けた。
「あらぁ、レイモンド! 髪の毛、さらにフワッとして良い感じじゃないの。今日はどうしたのかしら? またストレスで毛根が悲鳴を上げてるの?」
「……笑い事ではないのだ。ルカ殿下の聖杯事件の後、王宮内のバルサス派の残党を調べていたのだが、どうにも腑に落ちない。残党どもに資金と異界の召喚術を提供していた『真の黒幕』が、まだ王宮のさらに上層部に潜んでいる形跡がある」
レイモンドは声を潜め、悔しそうに拳を握りしめた。
「だが、これ以上調べようとすると、財務省の上層部から圧力がかかって捜査を打ち切られてしまうのだ。このままでは、また王女殿下やルカ殿下の身に危険が及ぶ……!」
なるほどねぇ。王宮の腐敗は、思ったより根が深いわけね。
物陰からニアが「ボス、王宮のトップ層が絡んでるとなると、これ以上は昼間の『よろず屋』として首を突っ込むのは危ないよ。営業停止に追い込まれるリスクがある」と冷静に分析する。
「そうね……。王宮のドロドロした権力争いなんて、アタシの美意識が一番嫌う汚物だわ」
アタシはパチッと腕時計を見た。
現在の時刻、午後3時30分。
定時まで、あと2時間30分。
「(……オッケー、まだオンモードね。お堅いレイモンド、そんな顔してちゃ、せっかくのイケメンが台無しよ?)」
「いいわ、レイモンド。その『真の黒幕』に関するデータ、アタシの店に置いていきなさい。昼間の『レンちゃん』としては、これ以上王宮の政治に関わるつもりはないけれど……」
アタシが極上のニッコリ笑顔を浮かべると、レイモンドはホッとしたように書類の束をカウンターに置き、「すまない、恩に着る」と言って、大急ぎで職場へ戻っていったわ。相変わらずの社畜ね。
カウンターの隅でルミナが「へぇ、あのハゲ眼鏡、意外と骨があるじゃない。タルトもう一個食べて応援しよっと!」とモグモグしているのを、無言でデコピンしておいたわ。
◇ ◇ ◇
その後、お店はいつも通り大繁盛し、あっという間に外は夕暮れ時に染まっていった。
ピピッ、ピピッ。
腕時計のアラームが午後18時ちょうどを告げる。
「――あー、時間だな。お疲れ」
アタシは頭のシュシュをパッと外した。
前髪がハラリと落ち、華やかだったオネェのオーラが霧散する。目つきは冷徹な男のものになり、声のトーンがぐっと低くなった。
「18時を過ぎたから今日の業務は終了。ガイル、ニア、戸締り。ルミナ、お前は今日ルカの話をしてる時にタルトを盗み食いしただろ。明日の朝まで飯抜きな」
「ええぇぇーー!! ルカは関係ないでしょ桃瀬ぇぇー!」
床でジタバタするルミナを無視して、俺はレイモンドが置いていった書類の束をジャケットの内ポケットに突っ込んだ。
「ボス、本当にやるの?」
ニアが影の中から、少し楽しそうな目を向けてくる。
「あぁ。昼間の『レンちゃん』は王宮の仕事は断ったが……今の俺は『桃瀬』だ。俺の定時を脅かす可能性のある不穏分子は、あらかじめ裏から徹底的に『仕分け』しておく必要があるからな」
俺はフッと冷酷な暗殺者の笑みを浮かべ、ガイルの肩を叩いた。
「ガイル、お前は店を頼む。ニア、夜の散歩に付き合え。……王宮の上層部にいるっていうデブの仲間を、ちょっと引きずり出しにいくぞ」
「へいへい、了解。夜間特別任務(闇仕事)だね、桃瀬のボス♡」
「うむ、桃瀬どの、ニア、気をつけてな。店の留守は我が命に代えても守る!」
ガイルに見送られ、俺とニアは夜の王都の闇へと音もなく溶け込んでいった。
王宮の腐ったエリートども。定時後の俺を怒らせたことを、地獄の底で後悔させてやるよ。




