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2 生存戦略

維国と晴元にみっちり鍛えられて2週間くらい経ったか、私は前の世界のことなんてすっかり忘れて公方の修行に勤しんだ。私が自らのデザインセンスと昔の和服との相性を考えて綺麗な衣装を仕立ててもらった。私は今、出来たばかりのその衣装に身を包んで晴元君に見せびらかそうとワクワクしている。この私の姿を見たら、彼は一体どんな顔をするのだろう?そう思って襖を開けた。


「晴元、この衣装、どうかな?」


肩を大胆に露出し、着物の黒と白い素肌のコントラストが彼の視線を奪う。足元にはこの時代にしては派手な水玉模様の足袋。胸元で抱えられたピンク色の意匠は、一見すれば幼い遊び心のようでありながら、実は堺の豪商たちが海を越えて手に入れた未知の獣を模したもの。


晴元君は年相応に顔を赤らめたが、すぐに管領の顔に戻ると


「こ、これ、すごく良いじゃないですか!大人の色気とあなたの可憐さが入り混じったような衣装です!これなら京の公家たちも虜にできるのではないですかね!」


そう言って興奮気味な口調で語ってくれた。隙のない男だと思っていたが、案外子供のような部分もあるのかと思った。


「御前様も、大分この生活に馴染んでこられているようなので、そろそろ次のステップです」


晴元はそういうと、紙に何か書いて説明し出した。


「将軍はしたたかです。先の敗北にも関わらず、守護の動員や昵懇公家衆を多数抱えていることで、将軍としての影響力を保持し続けています。さらに向こうには3代前の義尚様の代からお仕えされているという大舘常興殿もおられます。そういう相手とは戦わず協調を選ぶべきです。そこで、三好に高国を倒せるなら公方様や柳本殿の地位を保証するように交渉させます。上手くいけば命の安全を保証して貰えるかもしれません。言わば、生存戦略です」


「生存戦略って?」


彩羽が首を傾げると、側に控えていた荒川維国と斎藤時基が、重々しく頷いた。


「左様です、御前様。桂川で勝ったとはいえ、宿敵・細川高国はまだ死んでいません。奴は未だに呪詛……もとい、爆破予告じみた扇動を続けています。このまま泥沼の戦いを続ければ、ここにいる柳本殿も、三好殿も、いつか命を落とすことになります」


時基の言葉に、部屋の隅で刀を磨いていた柳本賢治と三好元長が、一瞬だけ動きを止めた。


「だから、和睦するんです」


晴元が、自信たっぷりに言う。


「京都の将軍と手を組みます。条件は一つ、私たち全員の命の保証。その代わり、両政権で力を合わせ、諸悪の根源である細川高国を討伐するんです。奴がいる限り、我らは平穏に暮らせません」


確か、義維様の話だと、「高国は自身が劣勢になるとすぐ呪いに頼る節があって、とにかくしつこいのだそうだ。それは側から見ても度を越しており、みんなが嫌がるのも分からなくもない」とか。


こいつらも悪い人じゃないし、私もテキトーな立場で現代に帰る方法を探せるならそれで良いか.....と思い、


「分かったよ。和睦の条件を飲む。ちゃちゃっと高国をやっつけちゃおう」


「ありがとうございます!じゃあ早速交渉に入りますね!」


と、晴元は意気揚々と自分の屋敷へと戻っていった。その後ろ姿を見送った後、自分の休息部屋に戻ると、何やら書類を持って維国が待っていた。


「公方様、我ら堺幕府では、このように地方の武士や寺社から訴訟申請や土地の安堵申請を裁いていかねばなりません。これも大切な役割です。さあ、花押をここに」


と言って、書類を差し出してきた。まだ堺の権力を握ってから日が浅く、将軍義晴も生きていると言うこともあり数は少ない。その一つ一つに一応目を通し、これで良いんだよね?と維国の顔をチラチラ見ながら、控えめに花押を書いた。


「花押を書類の端に書いていただくのが御前様の大事な務めにございますので、今後もこのように書類を確認していただきますぞ。では」


そう言って書類を抱え、彼は足早に部屋を出ていった。なんと仕事のできる人だと感心していると、


(……みんなの命の保証、か)


晴元の言葉が、脳裏をよぎる。柳本賢治の豪快な笑いや、三好政長の少し気取った仕草。荒川維国の小言や、斎藤時基のクマだらけの目。 喋るのが好きな私にとっても、彼らは「堺政権」という名の、騒がしくも愛おしい「クラスメイト」のような存在だった。


(……私が我慢すれば、あいつら死ななくて済むなら、まあ、いっか……)


そう思った瞬間。


——……ほう。和睦、とな?


「……え?」


彩羽は跳ね起きた。誰もいない。維国も時基も、今は下がっているはずだ。


——……足利の出来損ないが、泥棒猫(晴元)と手を組んで、何を企んでいるのやら……


声は、耳から聞こえたのではない。頭の芯、脳髄の奥底に直接、冷たい粘土を詰め込まれたような、不快な感覚とともに響いた。


「誰……? 高国……なの?」


彩羽は周囲を警戒しながら、ぬいぐるみを強く抱きしめた。


——……ふふふ。和睦など、虚しい夢よ。お前たちは、所詮、私の手の平の上で踊る人形に過ぎぬ……


声は、ねっとりと湿り気を帯びていた。それは言葉というより、純粋な「悪意」の塊だった。 彩羽の視界が一瞬、歪む。美しいターコイズブルーのフリルが、どす黒い血の色に染まって見える。


——……近々、お前たちのその仮初めの城、跡形もなく消し去ってくれるわ。……覚悟、しておけ……


「……っ!」


声が途切れた瞬間、激しい眩暈に襲われ、畳に手をついた。心臓が早鐘を打っている。額には冷や汗が滲んでいた。


「……ハァ、ハァ……。何、今の……。……キモい、マジでキモいんだけど!」


無意識に自分の腕をさすった。鳥肌が立っている。 それは、刃物で切りつけられるような痛みではない。けれど、精神の奥底を汚されたような、生理的な嫌悪感だけが、澱のように心に深く沈殿していた。


(……晴元君に、言わなきゃ。……ううん、あいつ、また胃を壊すから、今は内緒にしとこ……)


乱れた髪を掻き揚げ、不敵に口角を上げた。


「……へん。呪いだか何だか知らないけど、私の幕府は、そんな湿っぽい悪意くらいじゃ、汚されないんだからね!」


私は、恐怖を押し殺し、これまで以上に強い意志をみなぎらせ、自分自身を鼓舞したのだった。


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