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第3話:鉄の墓標と、最初のアップデート

「……待て。ルナと言ったか」


廃墟へ向かう道中、シンは足を止め、前を歩く少女の背中に鋭い問いを投げた。


「村のみんながああやって跪いている中で、僕を外へ連れ出した……目的は何だ? 統計的に見て、初対面の人間をいきなり危険な未踏区域へ案内する確率は極めて低い。君には僕を利用するメリットがあるはずだ。……そもそも、僕はまだ名乗ってすらいない」


ルナは足を止め、くるりと振り返った。


「メリット、かぁ。シンって本当に可愛くないこと言うよね。名前なら、村長が持ってた古い石板に書いてあったよ。……連れ出した理由は二つ。一つは、あなたが村のみんなに拝まれてる時の顔、死ぬほど退屈そうだったから。……私はルナ。あなたの名前、シンで合ってるでしょ?」


「……久遠シンだ。感情論は答えになっていない。……それだけなら、僕はここを引き返す」


シンが背を向けようとすると、ルナは慌ててその袖を掴んだ。


「待って、もう一つ! ……あそこにある『扉』、シンがいないと開かないの。あそこ、私にしか見えない『光る文字』が浮いてるんだ。でも、私じゃ触れない。……シンなら、あそこを開けて、この世界の『変なところ』を直せるんじゃないかって思ったの。……お願い」


ルナが指差したのは、木々に飲み込まれた巨大なコンクリートの塊。シンはその瞳を見つめ、思考を巡らせる。


(……僕にしか開けられない扉。彼女が『システム文字』を視認しているという点は無視できない。それに、この個体は世界の演算を狂わせるバグそのものだ。彼女に従えば、異常の正体に辿り着ける確率が跳ね上がる。……案内役として利用する価値はある)


「わかった、ルナ。その扉の真偽を確かめる必要がある。……同行しよう」

「あはは、結局理屈なんだ。ま、いっか! 行こう、シン!」


ルナに手を引かれ、シンは緑に飲み込まれた鉄と硝子の墓場へと足を踏み入れた。崩れ落ちたビルの隙間から、錆びついたレールが空へと突き出している。


(……待て。なんだ、これは)


シンの視覚スキャンが、ひび割れたアスファルトの底にある「錆びついたボルト」を捉えた。


(……JIS規格? 嘘だろ、ありえない。摩耗具合から見て、最低でも一千年……いや、それ以上の月日が流れている計算になる。……ここは僕たちの時代の未来だとでもいうのか!?)


完璧な理論を誇るシンの指先が、わずかに震えた。


(だとしたら、この変わり様は何だ? 高層ビルを紙屑のように引き裂き、文明を丸ごと飲み込むほどの何かが起きたというのか。……一体、世界に何があった!?)


自分が知る「日常」が、単なる地層の一部として足元に転がっている。その事実に、どんな魔物よりもシンの精神が削り取られていく。


「あ、見てシン! あそこの赤い実、すごく甘いんだよ? はい、あーん」

「……ルナ、よせ。スキャンもせずに摂取するのは……もぐ。……悪くない。糖分補給には効率的だ」

「でしょ? 難しい顔ばっかりしてると、頭が固まっちゃうよ?」


ルナの無邪気な振る舞いに、シンの心拍数がわずかに乱れる。

《警告:解析対象との距離が近すぎます。心拍数の上昇を確認》


「……演算の精度を下げる。離れろ」

シンが戸惑い混じりに距離を取ろうとした、その時だった。

「あ、出た! シン、気をつけて! 『鉄の番人』だよ!」


ルナが慌ててシンの背中に隠れた。現れたのは、クレーン車と蜘蛛を継ぎ接ぎにしたような自律殺戮兵器ガーディアンだ。


「シン、下がってて! 私がやるから! ……えいっ、『お願い、光って』!」


ルナが祈るように両手をかざすと、ガーディアンの頭上の鉄骨が、物理法則を無視して破断し、敵の頭上に落下した。


(……ナノマシンの発動ログがない。数式を通さない『確率の強制書き換え』。この少女、一体何なんだ……!)


シンの演算が停止する。だが、ガーディアンは鉄骨を跳ね除け、鎌を持ち上げた。


「えっ、嘘、効かない!? ……っ、うわわっ!」

ルナが尻餅をつき、頭を抱える。その姿に、シンは小さく溜息をついた。


「ルナ、どけ。……僕が『最適化』する」


シンの目が青く発光した。彼は足元に転がっていた「折れた鉄の棒」を拾い上げる。

「そんな棒じゃ無理だよぉ!」

「いいや。これは――高出力レーザー発振器の、冷却用パーツだ」


シンが隠しパネルに触れ、管理者コマンドをイメージした。

《管理者権限承認。バイパス接続……成功。アップデートを開始します》


瞬間、鉄棒が分解・再構成され、シンの右腕を覆う幾何学的なガントレットへと組み変わった。


「出力一二〇%。解析完了。……消去デリートする」


青白い閃光がガーディアンのコアを正確に貫き、巨大な鉄の塊が沈黙した。


「……すごーい! あなた、魔法使いより魔法使いっぽいじゃない!」


パッと顔を輝かせるルナ。シンはその熱を避けるように、地下へと続く重厚な扉の前に立った。

そこには、シンにしか読めないフォントで、こう表示されていた。


『――Status: Standby. 権限所有者の接触を待機中』


(……やはり、僕を呼んでいる。この『扉』の先に、世界が壊れた理由があるのか?)


シンは、隣で期待に目を輝かせるルナを横目に、冷たい鉄の扉に手を伸ばした。

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