第2話:解析される世界
「……ふぅ」
魔物の死骸が転がる広場で、シンは小さく息を吐いた。
返り血はない。最短、最速、最小限の動き。自らの肉体をAIのように最適化した結果だ。
だが、シンは倒した魔物を凝視し、眉をひそめていた。
(……この個体、不自然だ。筋肉の配置も攻撃の特化の仕方も、生存戦略を感じない。まるで、効率だけを求めて組まれた『プログラム』じゃないか)
さらに、自分自身の体にも違和感が走る。今の拳の感触。普通の高校生の骨格なら、放った瞬間に自壊していてもおかしくない衝撃だった。
(……僕の体も、書き換えられたのか? パラメータが異常だ。あるいは、大気中のナノマシンが細胞を補強している……? だとすれば、ここは「僕の知る物理法則」が通用する場所じゃない)
解析不能な事象への苛立ちを深める間もなく、静まり返った広場に地を這うような声が響いた。
「おお……神子様……!」
「奇跡だ、これぞ神の御業……!」
村人たちは戦うシンを助けようとするどころか、最初から最後まで祈っていた。そして今、救世主を崇めるその目は、どこか熱に浮かされたように不気味だ。
(……これだから人間は非効率なんだ)
シンは無意識に、彼らとの間に一線を引く。思考を放棄し、未知の現象を「奇跡」という言葉で片付ける依存心が、彼には「ノイズ」にしか見えない。
「神子様、どうか、こちらの祭壇へ!」
村長が這いつくばるようにして指し示したのは、広場の隅に鎮座する**『黄金の翼』**だった。
「それは我が村の宝、神との交信機にございます!」
シンは無言でそれに近づく。
村人たちの目には聖なる遺物に見えるだろうが、シンの瞳――解析インターフェースには、全く別の姿が映し出されていた。
(……やはりな。これは金ではない。劣化し、錆びついた超伝導デバイスだ)
シンがその冷たい金属表面に触れた瞬間、脳内に電子音が響く。
《管理者権限を確認。……接続開始》
《エリア内の環境データを取得。……完了》
瞬間、シンの脳内に膨大なデータが流れ込んできた。
中世のような街並み。だが、その地下には巨大なエネルギー回路が眠り、大気中には目に見えないほどの微細な機械が充満している。
(ここは……単なる異世界じゃない。高度に管理された、巨大な『実験場』だ)
あまりに合理的な世界の構造。
シンがその事実に戦慄した、その時だった。
「――あなた、そんな怖い顔して機械と喋るのが趣味なの?」
背後から飛んできた、場にそぐわない明るい声。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
月色の髪に、意志の強そうな瞳。
周囲の村人たちがシンを「神」として恐れひれ伏す中で、彼女だけが、退屈な授業を抜け出してきた生徒のような顔で笑っている。
「……君は?」
「私はルナ。あなたが『伝説の神子様』だっていうから拝みに来たんだけど……。案外、普通に迷子みたいな顔してるね」
シンは言葉を失った。
彼の演算インターフェースが、彼女の周囲だけ激しく乱れている。
《警告:解析不能な個体を検出。計算不可能です》
「合理的じゃないな」
「あはは、それ褒め言葉? さあ、立って。神様扱いされるのはもう飽きたでしょ?」
ルナが差し出した手は、鉄のようなデバイスとは違い、ひどく熱を持っていた。
完璧なロジックで支配されたこの世界で、初めて出会った「計算不能な変数」。
久遠シンは、戸惑いながらもその手を取った。
この世界のアップデートは、ここから始まる。




