第8話 動く遺物
ギルド支部での報告は、思ったより早く終わった。
おれが遺跡で確認した内容——先客の痕跡、生きた回路と接続していた遺物だけが選択的に持ち出されていること、防衛機構の起動——を聞いたギルドマスターは、腕を組んだまましばらく黙り、それから短く言った。
「倉庫街だな」
「ああ。出所は港の倉庫街で間違いないと思う。遺跡から持ち出した遺物を一度集積して、偽装してから闇市場に流している。倉庫街なら船での搬出も容易だ」
「裏取りはこちらでも進めてはいるが——証拠が薄い。お前の鑑定結果は状況証拠にはなるが、現場を押さえないと動けん」
「わかっている。だから、もう少し調べる」
ギルドマスターの目が細くなった。
「無理はするなよ、ノル。お前は鑑定士だ。剣を振るう側の人間じゃない」
「わかってる」
ギルドを出ると、リタが待っていた。壁にもたれて足をぶらぶらさせていたのが、おれを見るなり跳ね起きた。
「どうでした?」
「倉庫街を調べる。だが正面から行っても証拠は出てこない。まず向こうの動きを把握する必要がある」
「監視ってことですか?」
「そうなるな」
「それなら!」
リタが目を輝かせた。嫌な予感がする。
「わたしの冒険者仲間に頼めますよ。倉庫街の近くで依頼をこなしてる人たちがいるんです。普段から港周辺をうろうろしてるから、見張ってても怪しまれないと思います」
「お前の仲間って、どの程度信用できるんだ」
「大丈夫です! 口は堅いし、こういうの好きな人たちなので」
「好きな人たち、っていうのが不安要素なんだが」
「細かいことは気にしないでください!」
細かくない。全然細かくない。だが、おれが一人で倉庫街を張り込むよりは現実的だった。鑑定士が港の倉庫街をうろついていたら、それこそ目立つ。
「わかった。ただし条件がある。近づきすぎるな。出入りしている人間の顔と時間帯だけ記録しろ。それ以上は絶対にするな」
「了解です!」
リタは走って行った。あの行動力は大したものだと思う。面倒くさがりのおれには真似できない。
さて、こっちはこっちで動くか。
おれは遺物商の裏通りに向かった。港の匂いが強くなる下り坂を降り、正規の商店街を抜け、路地を二つ曲がると空気が変わる。日の当たらない石壁に囲まれた細い通り。ここがデルガの遺物流通の裏側だ。
馴染みの遺物商——ヘルツの店に入った。
「よう、ノル。また来たか。面倒な顔してるな」
「いつもの顔だ」
「いつもより険しいって言ってんだ」
ヘルツは初老の男で、正規と非正規の境界線上で商売をしている。闇市場そのものには手を出さないが、闇市場の動向には詳しい。おれが裏通りで最も信頼している情報源だった。
「単刀直入に聞く。倉庫街で遺物を集めている連中に心当たりはあるか」
ヘルツの表情がわずかに固くなった。
「……お前、どこまで掴んでる?」
「遺跡から選択的に遺物を持ち出している。生きた回路を持つ遺物だけを。偽装してから闇市場に流しているが、最終的な買い手がいる。倉庫街に集積拠点がある」
「やれやれ。公認鑑定士が嗅ぎ回ると厄介なんだよな」
「知ってるなら教えろ。おれはこの街の遺物が汚れるのが気に食わないだけだ」
ヘルツはカウンターの下から煎じ茶を出して、二人分注いだ。
「倉庫街の東端、三番倉庫の裏手。ここ半年ほど、定期的に荷が動いている。表向きは魚の干物の取引だが、干物にしちゃ運び方が丁寧すぎる」
「出入りしている人間は」
「顔は二、三人見たことがある。だが地元の人間じゃない。言葉遣い、身なり、どれを取ってもデルガの匂いがしない。金は持っている。それも相当な額だ」
「外から来ている、と」
「ああ。しかもな——」
ヘルツが声を落とした。
「あいつら、遺物のことをよく知ってる。前に一度、うちの店にも来た。何食わぬ顔で品を見て回っていたが、手に取る遺物の選び方が素人じゃなかった。回路の有無を確かめるように触っていた」
「回路の有無を」
「ああ。普通の客は見た目と状態しか気にしない。だがあいつらは、回路が生きているかどうかを——鑑定士みたいに調べていた」
鑑定士みたいに。その言葉が引っかかった。だが今は置いておく。
「ヘルツ、感謝する」
「感謝はいらねえ。あいつらが消えてくれりゃ、おれとしてもありがたい。闇市場が荒れると正規の商売にも響くんでな」
店を出た。
三日後、リタから報告が来た。
工房に飛び込んできたリタは、息を切らしながらカウンターに紙を広げた。冒険者仲間が記録した、倉庫街の出入り情報だった。
「三番倉庫の裏手、ヘルツさんの情報通りです。三日間で出入りした人物は四人。うち二人は繰り返し来てます。朝方と夜に分かれて——」
「見せろ」
紙には人物の特徴と出入りの時刻が書かれていた。リタの仲間は思ったよりまともな仕事をしていた。
四人のうち、二人は運搬役だろう。荷を出し入れするだけの動きだ。残りの二人が問題だった。
「この二人——『長身、灰色の外套、右手に革手袋』と『中肉中背、眼鏡、帳簿を持っている』。こいつらが指示役だな」
「眼鏡の人は毎回帳簿をつけてたそうです。荷を確認して、何か記録して帰っていく」
「管理者だ。組織的に動いている証拠だな。思いつきや個人の密売じゃない」
リタの記録をさらに読み込んだ。搬入された荷の数と頻度。週に二回、決まった曜日に荷が入り、その翌日に一部が搬出される。搬出先は港——おそらく船だ。
「リタ、もう一つ聞いていいか」
「なんですか?」
「お前の仲間、搬入される荷の大きさはわかるか」
「えっと……小型の木箱が多いって言ってました。一人で持てるくらいの。中身は見えなかったそうです」
小型の木箱。遺物を個別に梱包するのにちょうどいいサイズだ。
おれは工房の棚から、これまでに確認した贋作——いや、偽装された本物——を取り出した。リタが最初に持ち込んだものと、朝市で回収したもの。合わせて五つ。
それらを並べた。
以前の分析で、偽装の手口はわかっている。本物の遺物の表面を人工的に劣化させ、回路の残留パターンを曖昧にして、贋作に見せかけている。だが今日は別の観点で見る。
「リタ、お前がこいつらを持ち帰った遺跡と、倉庫街の動きを重ねてみろ。時期が合うだろう」
「あ——確かに。わたしが遺跡に行ったのは先月の中頃で、倉庫街の動きが活発になったのもそのあたりから——」
「同じ遺跡から出ている可能性が高い。お前が見つけたのは、あいつらが取りこぼした分だ」
五つの遺物をもう一度、一つずつ見た。
素材構造。加工精度。表面の劣化パターン——偽装を剥がして、本来の状態を推測する。
一つ目。金属製の小さな円盤。表面に幾何学模様が刻まれている。偽装で曖昧にされているが、模様の下に回路がある。かすかだが、魔素の反応がある。
二つ目。筒状の器具。用途不明。だが内部構造に、魔石を嵌め込むための窪みがある。
三つ目。薄い板状の遺物。表面が鏡のように滑らかだったものを、わざと傷をつけて古びた見た目にしている。だが板の内部に、微細な回路が走っている。
四つ目、五つ目も同じだった。
「全部だ」
「え?」
「五つ全部に、生きた回路がある。そして全部に、魔石を接続するための構造がある」
指が震えた。これは——
「リタ、こいつらが集めているのは、普通の遺物じゃない」
「普通じゃないって、どういう——」
「動く遺物だ」
リタの目が見開かれた。
動く遺物。生きた回路を持ち、魔石を動力源にして機能するナノマシン時代の遺物。遺跡の奥深くに眠り、不用意に触れれば防衛機構を起動させかねない、禁忌に近い存在。
冒険者ギルドでは、動く遺物の取引は厳しく規制されている。正規ルートでの売買には銀牌以上の冒険者とギルド公認鑑定士の承認が必要だ。それを、偽装して闇市場に流している。
「動く遺物を、組織的に集めている。しかも偽装してまで正規ルートを避けている。こいつらは、この遺物が何なのかわかっていて、わざとギルドの目を逃れようとしている」
「なんのために……?」
「わからない。だが、ろくなことじゃない」
遺物を棚に戻した。手が冷たかった。
動く遺物。あの言葉を口にするだけで、古い記憶が喉元まで込み上げてくる。
あのときも——仲間が触れたのは、動く遺物だった。
「ノルさん?」
「……なんでもない」
窓の外を見た。日が傾いている。港の方角に、夕日が沈みかけていた。
「出るぞ」
「え、どこに?」
「港だ。少し風に当たりたい」
工房を出て、丘を下り、港に向かった。夕暮れの港は漁師たちが船を繋ぎ、網を干し、一日の仕事を終えようとしている時刻だった。潮の匂いが強い。波止場の石に腰を下ろした。
リタが隣に座った。
しばらく、二人とも黙って海を見ていた。
「ノルさん」
「ああ」
「動く遺物って、そんなに危ないんですか」
「危ない、なんて言葉じゃ足りない」
海を見たまま、言葉を選んだ。
「動く遺物は、生きた回路と魔石が揃えば機能する。だが何が起きるかは、起動してみるまでわからない。遺物ごとに機能が違う。照明のように無害なものもあれば、遺跡の防衛機構を起動させるものもある」
「防衛機構——昨日の遺跡みたいな?」
「昨日のは軽い方だ。本当に危険な遺物が起動すれば、遺跡全体が反応する。壁の回路が連鎖的に活性化し、守護者が目を覚ます。そうなったら、銀牌のパーティでも生きて帰れるかわからない」
「……」
「こいつらが動く遺物を組織的に集めているなら、目的が何であれ、いずれ誰かが起動する。知識がある奴らだから、慎重にやるだろう。だが慎重にやっても事故は起きる。動く遺物は——人間が完全に制御できるものじゃない」
波が石壁に当たって砕ける音が聞こえた。
「この先は、本当に面倒なことになる」
「面倒って、いつもの面倒とは違いますよね」
「ああ。違う」
リタがこちらを見ていた。いつもの快活な目ではなく、真剣な目だった。
「わたしも手伝います」
「お前に頼んだのは監視までだ。この先は——」
「わたしも手伝います」
二度目は、譲る気のない声だった。
「……勝手にしろ」
夕日が海に沈んでいく。港の灯りが一つ、また一つと点り始めた。魔石灯の青白い光が、デルガの夜を静かに照らしていく。
動く遺物が、この街の闇市場に流れている。
あの日見たものと、同じ種類の遺物が。
だが——目を閉じていい話じゃない。それは、もうわかっている。




