表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

第5話 本物を偽物に見せかける

 翌朝、リタが工房に来たのは日が昇りきる前だった。


「早いな」


「だって、気になって寝られなかったんです!」


 目の下に隈もないくせに何を言っているのか。おれの方がよほど寝ていない。昨夜、裏通りで仕入れた情報を整理していたら、いつの間にか夜が明けていた。


 工房の窓を開けると、丘の下に広がる港が朝靄に霞んでいた。潮の匂いが工房に流れ込む。今日は一日、ここにこもる。


 作業台を片づけ、布を敷いた。鑑定用の道具を並べる。ルーペ、細身の金属ヘラ、薄い磁石板、魔石灯を三つ。棚からは比較用の正規品——過去に鑑定した本物の遺物のサンプルも数点引っ張り出した。それから、問題の遺物を一つずつ取り出していく。


 リタが最初に持ち込んだ金属の円盤。朝市で買い集めた紋様入りの金属片が三つ。リタが二度目に持ってきた小さな歯車状の部品。そして、裏通りの遺物商から借りてきた円筒形の管。


 合わせて六点。全て「贋作だが、おかしい」遺物だ。


 作業台の上に横一列に並べた。


「これ、全部並べると壮観ですね」


「壮観かどうかは知らん。だが、こうして並べると見えてくるものがある」


 まず、外見の共通点を洗い出す。


 六点とも、素材は異なる。金属の種類も、形状も、用途も違う。一見すると、全くの別物だ。ばらばらの遺跡から、ばらばらに出土した品に見える。


「ノルさん、これ全部違う遺跡のものですよね?」


「見た目はな。だが——」


 ルーペを手に取り、最初の円盤の縁に寄せた。


「ここを見ろ。紋様の刻み方。手彫りだと最初に言ったが、もっと正確に言うと、本来の紋様の上から別の刻みを入れている。元の紋様を潰すように、新しい傷を重ねているんだ」


「元の紋様を潰す? なんでそんなことを?」


「わからん。次、これを見ろ」


 二番目の金属片を取り上げ、ルーペの下に置いた。


「この金属片にも同じ特徴がある。表面の紋様に不自然な傷が重なっている。角度も深さも近い。同じ道具、同じ手癖だ」


「同じ人がやってるんですか?」


「少なくとも、同じ技術を持つ人間だ」


 三番目、四番目、五番目。全てに同じ痕跡があった。表面の意匠に、後から加工を施した跡。しかもその加工は巧妙で、よほど注意して見なければ元の紋様との区別がつかない。


「六つ全部に共通している」


「うわ……」


 リタが息を呑んだ。おれもルーペから目を離し、並んだ遺物を見渡した。


 比較用に出した正規品のサンプルを手に取り、並べて見せた。


「これが本来の出土品だ。紋様は鋳造時に刻まれているから、金属の結晶構造と一体になっている。だがこの六点は、後から刃を入れた痕がある。金属の結晶が紋様の周囲で乱れている。つまり、元々あった何かを意図的に消している」


「何を消す必要があったんでしょう」


「出自を示す情報だ。遺物には遺跡ごとの特徴がある。製造方法の癖、素材の配合比率、紋様の系統。鑑定士はそこを見て、どの遺跡のどの層から出たかを推定する。それを潰されると、追跡が極めて難しくなる」


 リタが六点の遺物と正規品を見比べ、何度も視線を行き来させた。


「言われてみると——確かに、こっちの本物の方が紋様がくっきりしてますね。線が滑らかというか」


「そうだ。よく見てる」


 リタが少し嬉しそうな顔をした。だが今はそこに構っている暇はない。


 ここまでは昨日の時点で予想していた。問題は次だ。


「リタ、魔石灯をこっちに寄せてくれ。三つ全部」


「はい」


 魔石灯の光を作業台に集中させる。通常の照明としてではなく、遺物の表面に斜めから光を当てるためだ。微細な凹凸が影を落とし、肉眼では見えない構造が浮かび上がる。


 おれは六番目の円筒を手に取った。ゴルツから借りた品だ。管の内側に、回路の残留パターンがある。ナノマシン時代の遺物に特有の、微かな線状の痕跡だ。


 ルーペの倍率を上げた。


 回路のパターンをなぞる。本来、出土した遺物の回路は自然に劣化している。土中の水分、魔素の干渉、経年変化。数百年の時間が回路を蝕み、断片的な痕跡だけが残る。


 だが、この回路の劣化パターンは——


「おかしい」


「何がですか?」


「劣化が均一すぎる」


 おれは円筒を置き、最初の円盤を取り上げた。縁の回路の残留パターンを確認する。


 同じだ。劣化が均一。


 三番目の金属片。同じ。四番目。同じ。


 六点全てが、同じ劣化パターンを示している。


「自然に劣化した回路は、環境によってばらつきが出る。土中の水分が多い面は劣化が激しく、石に接していた面は残りやすい。出土した場所も時代も違うなら、劣化パターンは全部違うはずだ」


「でも、全部同じ……」


「ああ。つまり、この劣化は自然に起きたものじゃない。人工的に劣化させられている」


 声に出して言って、自分でも背筋が冷えた。


 おれは金属ヘラを使って円筒の内壁を軽くなぞった。指先に伝わる微かな感触。回路が残っている部分と、劣化して消えている部分の境界が、あまりにも滑らかだ。自然劣化なら境界はぼやける。浸食は不規則に進むからだ。だが、この境界は直線的で、まるで定規で引いたように正確だった。


「見ろ。この境目だ」


 リタに円筒を渡し、ルーペ越しに内壁を覗かせた。


「……あ、線が引いてあるみたいに見えます」


「その通りだ。自然にこうはならない」


 人工的に回路を劣化させる。それは、回路の構造を理解していなければできない。しかも、自然な劣化に見せかけるだけの精度で。遺物の中に残る回路は繊細だ。下手に手を加えれば全体が崩壊する。それを、機能を残したまま外見だけ劣化させている。鳥肌が立つほどの技量だった。


「待ってください。劣化させるって——つまり、元はもっとちゃんとした回路が残ってたってことですか?」


「そうだ」


「でも、回路がしっかり残ってる遺物って……」


「ナノマシン時代の、生きた回路を持つ遺物だ。魔石を動力源にすれば機能する可能性がある。正規の鑑定では最重要管理品目に分類される。出土したら即座にギルドに報告する義務がある」


 リタの顔から血の気が引いた。


「それって、すごく危険なやつじゃ——」


「ああ」


 おれは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


 整理しよう。


 六点の遺物。全てに共通する特徴が二つ。一つ、表面の意匠に後から加工を施し、本来の特徴を隠している。二つ、回路の残留パターンが人工的に劣化させられている。


 つまり——


「これは贋作じゃない」


「え?」


「本物だ。本物の遺物を、贋作に見せかけている」


 リタが目を丸くした。


「紋様を上から刻んで、出土品としての特徴を曖昧にする。回路を人工的に劣化させて、生きた回路を持つことを隠す。やっていることは贋作の逆だ。通常の贋作は偽物を本物に見せかける。こいつは——本物を偽物に見せかけている」


「なんで、そんなことを……」


「正規ルートに載せられないからだ。生きた回路を持つ遺物は、出土した時点でギルドに報告義務がある。軍にも通知が行く。だが、贋作として流通させれば、そのどちらも回避できる。鑑定士が見ても『よくできた贋作だな』で済む。本物だと気づかれなければ、管理品目として登録されることもない」


「つまり、危険な遺物を——こっそり流通させてる?」


「そういうことだ」


 工房が静まり返った。窓の外から、港の喧騒が遠く聞こえている。朝靄はいつの間にか晴れ、陽が作業台を斜めに照らしていた。もう昼近いのか。時間の感覚が飛んでいた。


 リタが黙って煎じ茶を淹れてくれた。受け取って一口飲む。苦い。だが頭が少し冴える。


 おれは作業台の六点を見つめた。


 面倒くさがりの鑑定士が見つけてしまった、厄介な真実。


 本物を偽物に偽装する。その技術は並のものではない。回路の構造を理解し、人工的な劣化を自然に見せかける精度。紋様の上書きで出自を隠す技巧。遺物の素材から加工法から流通まで、全てを知り尽くした人間の仕事だ。


「こういう手口を使える奴は、遺物のことを相当知っている」


「鑑定士みたいな人ってことですか?」


「……少なくとも、鑑定士と同等以上の知識がある人間だ」


 リタがおれの顔を見た。何か言いたそうだったが、しばらく黙っていた。


 それから、静かに聞いた。


「ノルさん。どうするんですか」


 どうする。


 贋作が出回っている、で終わるならよかった。だが、本物が偽装されて流通している。しかも、生きた回路を持つ危険な遺物が、管理の目を潜り抜けている。


 放っておいていい話ではない。


 ギルドの公認鑑定士として、見て見ぬふりはできない。いや、できないのではない。したくない。この偽装を見抜いてしまった以上、黙っていることは鑑定士としての矜持が許さない。


 嘘が嫌いなのだ。遺物の嘘も、人の嘘も。


「……面倒だな」


 リタが小さく笑った。わかっている、という顔だ。


 面倒だと言いながら、おれはもう動くことを決めている。こいつにはそれが見えている。


 鋭い奴だ。本当に。


 おれは作業台の遺物をもう一度見渡した。


 六つの遺物が、偽りの顔の下に本物の正体を隠している。その正体が何なのか——何のために集められ、どこへ運ばれるのか。まだわからないことだらけだ。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 この偽装を施した人間は、おれと同じ世界に立っている。遺物の声を聴ける人間だ。


 それが味方でないことだけは、間違いなさそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ