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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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第11話 長い夜

 ギルド支部の会議室に、港の潮風が忍び込んでいた。


 窓の外はすでに夕暮れだ。橙色の光が入り江を染め、停泊中の船の影が長く伸びている。その向こうに、倉庫街の屋根が連なっていた。今夜の舞台だ。

 テーブルの上に、おれはヴィクトから受け取った金属片を置いた。ギルドマスターのバルドと、支部の警備主任、それにリタが顔を揃えている。


「金属片に刻まれた符号を解読した。取引は今夜、深夜の第二鐘。場所は倉庫街の東端、旧穀物倉庫だ」


 バルドが顎髭を撫でた。


「信用できるのか、その情報は。元とはいえ犯罪者の提供だぞ」

「ヴィクトは嘘をつく理由がない。あの男は自分の潮時を悟っている。それに——」


 金属片を指で弾いた。澄んだ金属音が会議室に響く。


「この符号の刻み方自体が鑑定対象だ。使われている暗号体系は、旧文明期の物流管理コードを流用したもので、偽造するには遺物級の知識がいる。本物だ」

「さすがだな、お前の目は」


 バルドが苦笑した。おれは肩をすくめた。褒められても嬉しくない。仕事が増えるだけだ。


「作戦はこうだ」


 おれはテーブルに倉庫街の簡易地図を広げた。リタが昼間のうちに冒険者仲間から集めた情報を元に、おれが書き起こしたものだ。


「取引の現場を押さえる。だが、目的は密売人の拘束だけじゃない。取引される遺物が『動く遺物』であることを、その場で証明する必要がある。動く遺物の所持と取引は、反宗教国家の法令で明確に禁じられている。現物の鑑定結果がなければ、ただの遺物の闇取引で終わる」

「つまり、鑑定士が現場にいなければ意味がない」

「ああ。おれが行く」


 バルドが渋い顔をした。鑑定士を危険な現場に出すことへの懸念だろう。


「護衛はつける。だが——」

「護衛は要る。ただし、おれの仕事の邪魔はさせないでくれ。鑑定には集中が要る」


 リタが手を挙げた。


「わたしも行きます」


 バルドがリタを見た。鉄牌の冒険者。駆け出しだ。


「お前さんに何ができる」

「倉庫街の裏道なら、誰よりも知ってます」


 リタが地図の上に指を置いた。旧穀物倉庫の周囲に走る狭い路地。排水溝沿いの通路。屋根と屋根の間の隙間。


「遺跡探索で狭い場所に入るのは慣れてます。逃走ルートを塞ぐなら、わたしにやらせてください。ギルドの警備隊が正面から入ったら、裏口から逃げるでしょう? そこを押さえます」

「一人でか?」

「仲間を二人、配置できます。倉庫街で見張りをしてくれてた子たちです」


 おれはリタを見た。この数日で、こいつは変わった。遺物を持ち込んでは目を輝かせていた駆け出しの冒険者が、作戦を語っている。


「バルドさん。リタの言う通りだ。正面だけ押さえても、連中は裏から抜ける。倉庫街の構造を知っている者が要る」

「……わかった。だが無理はするな。逃走を塞ぐだけだ。戦闘は警備隊に任せろ」

「はい!」


 日が完全に落ちた。


 港街デルガの夜は、昼間の喧騒が嘘のように静かになる。朝市の活気が消え、食堂の灯りも一つずつ消えていく。残るのは港の灯台と、倉庫街を照らす魔石灯のぼんやりとした光だけだ。

 おれは外套の襟を立てて、倉庫街の路地に身を潜めていた。隣にはギルドの警備隊員が二人。その向こうの暗がりに、バルドの指揮する本隊が待機している。

 リタは先に動いていた。裏口と排水溝沿いの通路に、冒険者仲間と共に配置についているはずだ。


 第一鐘が鳴った。深夜まであと一鐘。


 旧穀物倉庫の扉に、人影が近づくのが見えた。二人。外套を目深に被り、足音を殺して歩いている。一人が倉庫の鍵を開け、中に入っていった。

 しばらくして、別の方向から三人が来た。こちらは荷を運んでいる。木箱を二つ。大きさからして、中身は——遺物だろう。


 第二鐘が鳴った。


 バルドの合図を待つ。おれの役目は、突入後に遺物を鑑定することだ。それまでは動かない。

 倉庫の中に灯りがついた。隙間から漏れる光が、路地の石畳をうっすらと照らしている。中で声がする。取引が始まっている。


 灯りが三度、明滅した。バルドの偵察役からの合図——取引の品が出された。


 バルドが無言で手を振った。突入の合図だ。

 警備隊が動いた。正面の扉を蹴り開け、魔石灯を掲げて倉庫の中に踏み込む。


「ギルド警備隊だ! 動くな!」


 怒号。木箱が倒れる音。足が石畳を蹴る音——裏口に向かって走り出す者がいた。


 だが、裏口の扉が開いた瞬間——その先に小柄な影が立ちはだかった。棘鱗の軽鎧。短剣を逆手に構え、足は排水溝の蓋を踏んで退路を塞いでいる。遺跡の隘路で体の使い方を覚えた者の、無駄のない構えだった。


「残念、行き止めです」


 リタの声だ。逃げようとした男が舌打ちして横の路地に飛び込んだが、三歩で止まった。冒険者仲間が通路を塞いでいる。もう一人が排水溝に身を投じたが、リタが追わなかった。この先に格子があることを知っているからだ。案の定、数秒後に格子に体をぶつける音が響いた。

 警備隊が倉庫の中を制圧するのに、さほど時間はかからなかった。密売組織の人間は五人。武装していたが、ギルド警備隊の練度には及ばない。一人が短剣を抜いたが、すぐに取り押さえられた。


 おれは倉庫の中に入った。


 魔石灯の光が、埃っぽい空間を照らしている。積み上げられた木箱。その中央に、作業台があった。その上に——取引の品が並んでいる。

 三つの遺物。布で包まれていたものが開かれ、金属の表面が灯りを反射していた。


 おれはルーペを目に当てた。


 一つ目。楕円形の金属塊。暗い銀色。表面には経年変化を装う偽装が施されているが——指先が触れた瞬間、あの感触が走った。回路の残留痕。生きている。

 偽装の皮を指先で読み取り、その下にある本体の状態を確認する。回路の配列パターン、素材の組成、魔素の残留濃度。一つずつ、頭の中で組み立てていく。


 二つ目。円筒形の部品。歯車状の構造が内部に見える——が、これはただの歯車ではない。歯の一つ一つに微細な回路が刻まれている。ナノマシン時代の制御機構だ。これが起動すれば、周囲の魔素を媒介にして連鎖反応を引き起こす。

 指先で歯車の溝をなぞった瞬間——回路が光った。

 青白い線が、歯車の縁を走り始めた。微かだが、確実に。倉庫内の空気が変わった。魔素の密度が急速に上がっていく。鼻の奥が痺れる。

 後ろで警備隊員が息を呑む音が聞こえた。


「動くな」


 おれは声を低くした。声を出すことすら慎重だった。


「全員、この遺物から三歩以上離れろ。急な動きはするな。魔石灯の光量を最小にしろ」


 光は魔素の励起を促進する。魔石灯の出力を落とすことで、回路への供給を減らせる。理屈はそうだ。だが——もし回路がすでに自己給電に入っていたら、意味がない。

 あの日と同じことが起きる。天井が崩れ、仲間が消えた、あの日と。

 指先が震えそうになった。だが止めた。鑑定士の指は、震えてはいけない。

 回路の光を読んだ。光の走る方向、脈動の間隔。調査隊時代の記憶が蘇る。この回路パターンは——接触起動型だ。持続的な接触がなければ、回路は減衰する。


 おれはゆっくりと指を離した。一ミリ、また一ミリ。指先が歯車の表面から浮いた瞬間、光の脈動が弱まった。もう一拍。さらに弱まる。

 三秒後、回路は沈黙した。


 息を吐いた。冷たい汗が背中を伝っている。


 三つ目。板状の遺物。表面に文字のような刻印がある。旧文明期の記録媒体だ。だが、この板もまた——生きた回路を持っている。記録媒体であると同時に、起動装置でもある。今度は、触れる角度と圧力を慎重に制御した。指の腹で、回路を刺激しない方向からなぞる。鑑定士の手が、初めて武器の代わりになった。


 おれはルーペを外した。倉庫の中が静まり返っている。警備隊も、拘束された密売人たちも、おれの鑑定を待っていた。


「鑑定結果を述べる」


 声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。


「三点とも、ナノマシン時代の稼働可能な遺物——通称『動く遺物』だ。全てに生きた回路が確認された。回路の残留魔素濃度は安全基準の十倍以上。不用意に起動すれば、周囲の魔素と連鎖反応を起こし、最低でもこの倉庫一棟が消し飛ぶ」


 密売人の一人が、顔を青くした。自分たちが扱っていた品の危険性を、今さら理解したのだろう。


「これは本物だ。そして、極めて危険だ」


 おれはバルドを見た。


「反宗教国家法令第十七条、動く遺物の所持・取引・運搬の禁止に該当する。現物の鑑定証明は、おれの名前で出す」

「十分だ。ご苦労だったな、ノル」


 バルドが警備隊に指示を出した。密売人たちが次々と拘束されていく。遺物は厳重に封印処置が施され、ギルドの保管庫に移送される手筈だ。


 おれは倉庫の外に出た。夜風が頬に当たる。潮の匂い。遠くで波が防波堤に砕ける音。

 指先がまだ震えていた。動く遺物に触れたときの、あの感触。生きた回路が指先に訴えかけてくる、あの独特の圧力。五年前の遺跡で感じたものと同じだった。

 あのとき、おれは仲間を失った。同じ遺物が、今度は闇市場に流れていた。止められた。今回は——止められた。


「ノルさん」


 リタが隣に来た。軽鎧に埃がついている。排水溝を走り回ったのだろう。


「お疲れさまです」

「……ああ。お前もな」

「裏口から逃げようとした人、二人いたんですけど、ちゃんと止めましたよ。一人は排水溝に逃げ込もうとしたんですけど、あそこ、途中で格子があるんですよね。遺跡探索で覚えてたので」

「よくやった」


 素直にそう言った。リタの目が少し大きくなった。おれが褒めるのが珍しかったのだろう。


「……なんですか、その顔」

「いえ、ノルさんが素直に褒めてくれるの、初めてかもと思って」

「気のせいだ」

「気のせいじゃないです」


 リタが笑った。おれはため息をついた。


 倉庫街の向こうで、空の端がうっすらと明るくなり始めていた。夜が明ける。長い夜だった。


「ノルさん」

「ん」

「あの遺物に触ったとき、手、震えてましたよね」


 おれは黙った。見ていたのか。


「大丈夫ですか」

「……大丈夫だ。もう止めたんだから」

「はい。止めましたね」


 リタが港の方を見た。灯台の光が、規則正しく海面を照らしている。


「でも、あの密売人たち、全員じゃないですよね。ヴィクトさんが言ってた、外に拠点を持つ組織……あの人たちはまだ」

「ああ。今回押さえたのは末端だ。遺物を流していたルートの一つを潰しただけで、組織の本体には届いていない」

「じゃあ、まだ——」

「ギルドと軍が動く。おれたちの仕事はここまでだ」


 リタが何か言いたそうな顔をした。だが、口には出さなかった。

 おれも何も言わなかった。密売組織のさらに上に、誰かがいる。動く遺物を集めている者。その目的はまだわからない。ヴィクトの最後の言葉が、頭の隅に引っかかっている。


 ——この遺物の本当の価値を知ったら、お前も黙っていられないはずだ。


 本当の価値。動く遺物の、本当の価値とは何だ。

 今は考えない。今夜はもう十分だ。


「帰るぞ、リタ」

「はい」

「腹が減った。朝市が始まる前に何か食いたい」

「あ、港の方に早朝からやってる屋台がありますよ。漁師さん向けの。汁物がおいしいんです」

「……知ってる。おれの方が長くこの街にいるんだが」

「あはは、そうでした」


 二人で倉庫街を抜け、港に向かった。空が少しずつ白んでいく。漁船が何隻か、もう沖に出ていた。早朝の屋台から、出汁の匂いが漂ってくる。

 疲れていた。全身が重い。だが——腹の底に、温かいものがあった。面倒な夜だった。だが、やるべきことはやった。

 鑑定士の仕事は、真実を見抜くこと。偽りの皮を剥がし、本物を本物として証明すること。今夜、おれはそれをやった。戦場ではなく、倉庫の中で。剣ではなく、ルーペで。

 それでいい。おれは鑑定士だ。


 屋台の椅子に座り、温かい貝汁を啜った。塩気が胃に沁みる。リタが隣で同じものを頼み、はふはふと音を立てて飲んでいた。


「ノルさん」

「ん」

「わたし、今日のこと忘れないと思います」

「大げさだな」

「大げさじゃないです。ノルさんが遺物を鑑定したとき、すごくかっこよかったです。倉庫の中で一番強かったの、ノルさんでしたよ」

「鑑定士が強いわけないだろう」

「強いですよ。だって、あの遺物が何なのか言えたのはノルさんだけじゃないですか。それがなかったら、捕まえても意味がなかったんでしょう?」

「……まあ、そうだな」


 認めるのは悪い気分ではなかった。


 東の空が橙に染まり始めた。港街デルガの朝が、もうすぐ始まる。魚の匂いと、潮風と、威勢のいい漁師の声。いつもの日常が戻ってくる。

 長い夜は終わった。

 だが、終わっていないものもある。それは——まあ、明日考えればいい。


 貝汁をもう一口啜って、おれは目を閉じた。


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