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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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第10話 鑑定士と鑑定士

 偽装の手口を逆算すれば、答えは一つしかなかった。


 工房の机に並べた遺物を前に、おれは腕を組んだ。贋作——いや、本物を贋作に偽装した品々。回路の残留パターンを人工的に劣化させ、表面の経年変化を上書きし、出土層を誤認させる加工。一つ一つの技術は珍しくない。だがそれを全て組み合わせ、鑑定士の目を欺くレベルで仕上げられる人間は限られる。

 ただの贋作師では無理だ。素材の知識だけでなく、鑑定のプロセスそのものを知っている必要がある。どこを見るか、何を基準に真贋を判断するか——その全てを理解した上で、逆算して偽装を施している。


「鑑定士の仕事だ」


 おれは呟いた。

 鑑定の知識を持つ者。それも、おれと同等かそれ以上の経験を持つ者。ギルド公認鑑定士、あるいは元鑑定士。そこまで条件を絞れば、候補は片手で数えるほどしかいない。

 そして、その中の一人に——おれは心当たりがあった。


「ノルさん、どうしたんですか? 難しい顔してる」


 リタが工房の椅子に座って、こちらを見ていた。朝からずっと付き合わせている。今日は遺跡に行かず、おれの推理に耳を傾けてくれていた。


「……一つ確認したいことがある。リタ、港の倉庫街で張っていた冒険者仲間に連絡は取れるか」

「取れます。まだ交代で見張ってくれてますよ」

「倉庫に出入りしている人間の中に、四十過ぎの男がいなかったか。痩せ型で、指が長い。右手の人差し指と中指に鑑定焼けの跡がある」


 リタが目を丸くした。


「鑑定焼け?」

「魔素を含む遺物を長年素手で扱っていると、指先に独特の変色が残る。おれにもある」


 右手を見せた。人差し指と中指の腹に、うっすらと青みがかった痕がある。鑑定士の勲章——あるいは職業病だ。


「あ、ほんとだ……! 気づかなかった」

「普通は気づかない。だが同業者なら一目でわかる」


 リタがすぐに伝書を飛ばした。風の魔法で薄紙を折った鳥を飛ばす、冒険者の簡易連絡法だ。返事が来るまでの間、おれは机の上の遺物をもう一度手に取った。

 偽装の仕方に癖がある。回路の残留パターンを劣化させるとき、特定の周波数帯から手をつけている。低周波から順に潰していく手法——それは、ギルドの鑑定教本に載っている標準的な真贋判定の順序を、そのまま逆にしたものだ。

 教本通りに鑑定する者を欺くには、教本の順序を逆算すればいい。合理的だが、裏を返せば教本を熟知している証拠でもある。

 そして、この手法をおれに教えたのは——


 伝書の返事が来たのは、昼過ぎだった。


「ノルさん! 当たりです! 四十過ぎの痩せた男、右手に青い痕。昨日の夕方に倉庫に入っていったって」

「……そうか」


 予想通りだった。予想通りであってほしくなかったが。


「知ってる人ですか?」

「ああ。ヴィクトだ。元ギルド公認鑑定士。おれの——先輩にあたる」


 リタが息を呑んだ。おれは椅子の背にもたれて、天井を見上げた。

 ヴィクト。おれがギルドの鑑定士見習いだった頃、すでに一線級の鑑定士だった男。素材の知識、回路の解析、経年変化の読み方——おれが学んだ技術の半分は、あの男の仕事を横で見て盗んだものだ。

 五年ほど前にギルドを辞めて独立した。表向きは「自由にやりたい」ということだったが、その後の噂はあまりいいものではなかった。裏社会との繋がり。非正規の鑑定。闇市場への出入り。

 だが、まさか——動く遺物の密売にまで手を出しているとは。


「行くぞ」


 おれは立ち上がった。革のエプロンを外し、外套を羽織る。ルーペだけは首から下げたままだ。


「え、今からですか?」

「倉庫街に行く。ヴィクトに会う」

「でも、危なくないですか? 密売組織の拠点ですよ?」

「昼間なら大丈夫だ。連中は夜に動く。それに——」


 おれはリタを見た。


「おれが会いに行くのは、密売人じゃない。鑑定士だ」


 港の倉庫街は、昼間は静かなものだった。


 石造りの倉庫が整然と並ぶ一角。塩の匂いと、木箱に染みついた魚油の匂い。荷運びの人夫がちらほらと行き交うだけで、夜の取引の気配は微塵もない。

 リタが先導して、監視を続けていた冒険者仲間から情報を受け取る。ヴィクトが出入りしている倉庫は、通りから一本奥に入った場所にあった。


「ここです。昨日もこの倉庫に入っていったって」

「……鍵は?」

「かかってないみたいです。中で作業してるとき、扉を開けっ放しにしてることがあるって」


 おれは倉庫の扉に手をかけた。重い木の扉が、軋みながら開く。

 中は薄暗かった。高い天井から差し込む光の筋が、埃の中を泳いでいる。木箱が積まれた奥に、作業台が見えた。その上に——道具が並んでいる。ルーペ、ピンセット、研磨布、溶剤の瓶。鑑定士の道具一式だ。

 だが、その使い方は鑑定のためではない。遺物の偽装のためだ。


「やっぱり来たか」


 声が倉庫の奥から聞こえた。

 木箱の影から、痩せた男が姿を現した。四十代半ば。鋭い目。顎に無精髭。くたびれた外套の下に、かつては仕立てが良かったであろう襟付きの上着を着ている。

 右手の人差し指と中指に、おれと同じ鑑定焼けの青い痕。


「久しぶりだな、ノル」


 ヴィクトは作業台に寄りかかって、こちらを見ていた。驚きはない。むしろ——待っていたような顔だった。


「ヴィクトさん」

「さん付けか。律儀だな、相変わらず」

「先輩は先輩だ。それと、犯罪者かどうかは別の話だ」


 ヴィクトが薄く笑った。


「犯罪者、ね。まあ、そう呼ばれても仕方がないか。で、どうやって辿り着いた?」

「偽装の手口だ。回路の残留パターンを低周波から潰す。教本の逆算。あんたの癖だ」


 ヴィクトの眉が動いた。


「……なるほど。そこまで読むか。お前に見抜かれるとは思わなかったが——いや、お前だから見抜けたのか」

「おれの目は騙せない。あんたが一番知ってるだろ」

「ああ、知ってるさ。お前は昔からそうだった。理屈じゃなく指先で感じ取る。教本通りの鑑定しかできない連中とは違う」


 ヴィクトが作業台の上の遺物を一つ手に取った。偽装途中の品だ。本物の「動く遺物」に、贋作の皮を被せかけている状態。


「なぜこんなことを」


 おれは聞いた。ヴィクトの腕なら、正規の鑑定で十分食っていける。独立してからも、表の仕事だけでやっていけたはずだ。


「金か?」

「金もある。だが、それだけじゃない」


 ヴィクトの声に、初めて苦い色が混じった。


「ノル、お前はギルドに動く遺物を報告したらどうなるか知っているだろう」

「管理品目として登録され、ギルドの保管庫に収められる」

「保管庫、な。聞こえはいい。だが実態はどうだ。おれがギルドにいた頃、保管庫の遺物がどう扱われていたか——知っているか」


 ヴィクトが作業台に寄りかかり直した。


「動く遺物は回収されたが最後、誰にも研究されず、棚の奥で埃を被る。ギルドには解析する技術がない。軍に渡れば兵器転用の可否だけ調べて、使えなければ廃棄だ。千年前の技術の結晶が、誰にも理解されないまま消えていく。おれはそれを五年間、黙って見ていた」

「だからと言って——」

「おれは鑑定士だ。遺物の価値を正しく見抜ける。だが見抜いたところで、ギルドの保管庫に放り込まれるだけなら、何のための鑑定だ」


 ヴィクトが遺物を光に翳した。薄暗い倉庫の中で、金属の表面が鈍く光る。


「ノル、お前はこの遺物の中に何が見える」

「生きた回路だ。ナノマシン時代の稼働可能な遺物。起動すれば何が起こるかわからない。禁忌に近い代物だ」

「禁忌、か。お前はそう言うだろうな。だが——おれにはこれが見える。旧文明の知恵の結晶だ。千年以上前の技術者が作り上げた、途方もない精密さ。この回路の設計思想、この素材の選定、この構造の美しさ。お前にもわかるだろう? 鑑定士なら」


 わかる。それは——認めざるを得なかった。遺物を手に取るたびに感じる、旧文明の技術への畏敬。鑑定士という職業を選んだ理由の一つだ。


「わかるから、なおさら危険だと言っている。あんたは知ってるはずだ。動く遺物が何を引き起こすか」

「知っている。お前の過去のことも聞いている。調査隊の事故——気の毒だったとは思う」


 ヴィクトの声に、わずかに本物の感情が滲んだ。だがすぐに、乾いた笑みに戻る。


「だがな、ノル。この遺物の価値を正しく理解できる者は、世界に何人もいない。おれとお前、そしておれの客——あいつらだけだ」

「客?」

「独立した密売組織だ。反宗教国家の外に拠点を持っている。連中はこの遺物を集めている。目的は——まあ、おれの知ったことじゃないが」

「知ったことじゃない、だと?」


 おれの声が低くなった。


「あんたは動く遺物が何をするか知っていて、それを流しているのか。使う側が何をするつもりか、考えもしないで」

「おれは橋渡しをしているだけだ。遺物の価値を知る者と、それを求める者を繋ぐ。鑑定士の仕事と本質は同じだよ」

「同じなわけがないだろう」


 リタがおれの隣で息を呑んでいるのが気配でわかった。おれは一歩、前に出た。


「鑑定士は真実を見抜く。あんたは真実を隠す。逆だ」

「隠す? 違うな。おれは真実を——正しい相手に届けている」


 ヴィクトが遺物を作業台に置いた。こちらを真っ直ぐに見る。その目には、狂気ではなく、冷静な確信があった。


「ノル。お前がここに来たということは、ギルドも動いているんだろう。おれを止めるつもりか?」

「ああ」

「そうか。まあ、いいさ。遅かれ早かれこうなるとは思っていた」


 ヴィクトが外套のポケットに手を入れた。リタが身構えたが——取り出したのは、小さな金属片だった。遺物の欠片だ。


「これを持っていけ。次の取引で動く品だ。日時と場所の手がかりになる」

「……なぜ教える」


 ヴィクトの表情が、初めて崩れた。乾いた笑みではなく、苦いものが滲んでいた。


「連中が約束を破ったからだ」

「約束?」

「おれが品を流す条件は一つだった。起動させないこと。遺物は解析だけに使い、回路には触れない——そういう約束だった。だが先月、連中の出先で遺物が一つ起動したという話が入った。小規模だったらしいが、人が二人巻き込まれている」


 ヴィクトの手が、わずかに震えていた。


「おれは遺物を壊したくて流したんじゃない。理解してほしかっただけだ。だが連中にとっては、理解することと使うことの区別がない。鑑定士なら、その違いがわかるだろう」


 わかる。痛いほどわかる。あの日、フランが触れた遺物も——理解する前に、使われてしまった。


「それに——この遺物の本当の価値を知ったら、お前も黙っていられないはずだ。おれの客が何を企んでいるか、お前の目で確かめてみろ」


 金属片を受け取った。指先に、微かな回路の残留が触れた。生きた回路の気配。おれの知っている——あの感触だった。


「ヴィクトさん」


 おれは振り返らずに言った。


「あんたの鑑定の腕は、今でも認めている。だからこそ——こんな使い方は、もったいない」


 ヴィクトは何も答えなかった。

 倉庫を出ると、午後の日差しが眩しかった。潮風が頬を撫でる。リタが隣を歩きながら、しばらく黙っていた。


「ノルさん」

「ん」

「あの人、悪い人なんですよね」

「ああ。やっていることは犯罪だ」

「でも、なんか……寂しそうでした」


 おれは足を止めなかった。リタの観察は正しい。ヴィクトは寂しい男だ。遺物の価値を理解できる相手に飢えていた。おれと同じように。

 だが、だからといって——動く遺物を闇に流していい理由にはならない。


「リタ。ギルドに行くぞ。次の取引を押さえる」

「はい!」


 手の中の金属片が、午後の光を反射していた。次の取引。密売組織の本丸。

 面倒だが——もう引き返すつもりはなかった。


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