君の笑顔
「あれ、ねーちゃんたち後ろの方の席に座った。いつも一番前なのに、なんでかな」
「...そういう気分なんじゃない?」
イルカショーを見る加奈と奏汰を見るというなんとも滑稽な自分の姿に、なんとも割り切れない気持ちになる。
いつもみたいに水しぶきを浴びてはしゃいでいる加奈の方がいいのに。
「わ、髪も濡れちゃったぁ...。さいあくぅ」
「ハンカチあるから、...これ使いなよ」
「ちがうのっ、私天パだから髪ぶわってなるの!いいなぁストレートは...」
「天パもいいじゃん、いやなの?」
「いいじゃんじゃないのよ、これだからさらさらストレートはさぁ」
そっか、奏汰の前では髪崩したくないのかな、いつもよりきれいに整えてあるし。
俺はそんな頑張らなくても、どんな加奈も、―好きなのに
あ、あれ?俺、今加奈が好きって、
「気分でそこまで変わるかなぁ、あの髪バチバチかなたがなんか言ったんじゃない?あーあ、レディーファーストのできない―」
京谷が妄想で奏汰に悪口を言っているが、俺には何も入ってこなかった。
ごめん加奈、俺今気づいた。
我ながらダサいやつだ、京谷が鈍感だと罵倒したのにも頷ける。そっか、俺は、僕は、ずっと、―加奈が好きだったんだ
「あっ、ねーちゃんたち移動した!大水槽の方だ!早く行くよ、尚樹くん」
「...あぁ、うん、いこっか」
ごめん加奈、邪魔はきっとしないから。奏汰は悪いやつじゃないって俺も知ってるから、だけどもう少しだけここに居させてほしい。
―なんで私さっきから尚樹のことばかり考えてるんだろう、可愛いクマノミさんを見ながら
『ははっ、この子加奈みたい!ちょー元気!』
『ここ段ある、転ぶなよ~?』
『へぇ、海のアイドル・めんだこだって、京谷のおみあげによさそう、あとで買おうよ』
今から行く大水槽は告白スポットとして有名な場所で、まるでそこに行くのを引き留めるかのように、ずっと、ずっと、どこを見ても、尚樹との思い出が思い浮かぶ。
私だって、できることなら尚樹と―
いやいや、何を言って、奏汰君とデートに来れたのだから、楽しまなければ
―うーん、どうしようかなぁ。
加奈さんと一緒に移動しながら、少し距離を置いて後ろにいる二人をこっそり見る。
たぶん会長と弟くんだよなぁ、隠れてるつもりだろうけどめちゃくちゃわかりやすい。...加奈さんは気づいてなさそうだけど、
「わぁ~、ふふ、見てこの子、かわいい」
「お、クマノミだ、へぇ~、通路にも展示されているなんてすごいね」
「うんっ、かわいいよねぇ」
少しぎこちない笑顔に、複雑な気持ちになる。楽しんでくれてはいそうだが、めいいっぱいの笑顔を引き出せるほどではないらしい。
――やっぱり、加奈ちゃんをあんなに笑顔にできるのは尚樹くんだけなのかな
「わ、ついたよ!綺麗~!」
そうこう考えている内に大水槽についてしまった。本当はここで告白するつもりだったけれど、そうしたらきっと、加奈さんの笑顔はもっと見れなくなってしまう。
それなら、僕がするべきことは一つだけだろう。
大きく深呼吸をする。いいんだ、これでいい、これがいいんだ。
「加奈さん、少しだけいいかな?」
「あ、う、うん」
緊張なのか、悲しみなのか、加奈さんの笑顔は消えてしまった。あぁ、違うんだ。そんな顔をさせたいわけじゃない、ごめんね、もう少しだけだから。
「加奈さん、今日楽しかった?」
「うん、もちろん!楽しかったよ。」
「それならよかった。僕ね、加奈さんのこと好きなんだ、...でもね、
―僕は加奈さんにもっと笑顔でいてほしいんだ。」
何か覚悟をしてこわばっていた加奈さんは、大きく目を見開いた。
「...え?」
「だからさ、行っておいで?加奈さんを本当に笑顔に、幸せにしてくれる人のところに」
「え、そんなの、」
「ふふ、きっと加奈さんが思ってるよりずーっと近くに居るよ?」
そう言って僕は、今にもここを去ろうと背中を向けて歩く会長を指した。
「え、尚樹?なんで、ここに」
「早くいかなきゃ、加奈さん。会長もう行っちゃうよ」
僕がそう言い終える前に、加奈さんは走り出していた。




