八話 ほんの小さなすれ違いがあった日
私は手紙の騒動が、クラスメイトたちの記憶から忘れ去られかけた頃、また動き出した。
放課後に行われる勉強会。
手紙の後、ビビアナはしばらく気を張っていたが、今は以前のようにリラックスしている。
【ビビアナ】
「ねえ、レイナ。ここの部分、どういうことかしら?」
社会学の教科書を指さして、首をかしげる。
【レイナ】
「ああ、ここは、こういうことですよ」
私は自分の教科書に、説明を書き込む。
ビビアナが笑った。
【ビビアナ】
「教科書に書き込むのもよいものね。ノートと交互に見るより分かりやすいわ」
【レイナ】
「ええ。ですからわたくし、教科書に書き込めるものは教科書に書いてしまうんです」
【ビビアナ】
「わたくしも真似したいわ。レイナの教科書、貸してもらえる?」
【レイナ】
「勿論、明日の授業に使わない教科でしたらどれでも」
【ビビアナ】
「一度に何冊も借りても、写せないわ。一つだけ、歴史学の教科書を借りるわね」
【レイナ】
「はい、どうぞ」
私は笑顔で教科書を差し出した。
その光景は、クラスメイトが見ていた。
勿論、王子も。
レイナの教科書をビビアナが持っていた証人はたくさんいる。
翌日、ビビアナは朝すぐに教科書を返してくれた。
わざわざ、私の部屋まで来て。
そのまま一緒に学園に行こうというのを、夕べお風呂に入ってないから、シャワーを浴びると言って断った。
そして教科書を全て、焼却炉の中に放り込んだ。
嘘にならないように、頭からお湯をかぶって、髪を軽く拭く。
そして髪が濡れたままで登校する。
ベアトリスとアンナに笑われた。
【ベアトリス】
「髪が濡れてるわよ、慌てすぎ」
【アンナ】
「淑女らしくないわよ」
【ビビアナ】
「もう、風邪を引いたらどうするの? 保健室で……」
【レイナ】
「あの……教科書がないんです」
ビビアナの呆れたようにため息と共に発せられた言葉を遮って、私は真剣な表情を作って尋ねた。
【ビビアナ】
「教科書なら、今朝返したでしょう?」
【レイナ】
「全部の教科書が、ないんです。どこにも」
【ベアトリス】
「え?」
【レイナ】
「部屋に置いていたのに、一冊もないんです……」
今ごろ、寮の掃除のおじいさんが、教科書を全部燃やしている頃だろう。
【アンナ】
「誰かが勝手に貴方の部屋に入ったということ?」
【レイナ】
「わたくし、シャワーを浴びていて、人の気配がしたから慌てて出たら、誰もいなくて。気のせいかと思ったんだけれど、でも教科書がなくなっていたの」
【ベアトリス】
「……怖いわね。勝手に部屋に入ってきて教科書を盗む人がいるだなんて」
【アンナ】
「でもどうして教科書なんか……」
【ビビアナ】
「おおかた、レイナの成績に嫉妬した誰かね」
【トリニダード】
「レイナの教科書は、わかりやすい所においてあるのか?」
王子が深刻な顔で話に入ってくる。
【レイナ】
「はい、机の上に並べてありますから、誰でも分かるかと」
【トリニダード】
「それで、何故お前は一人で登校したのだ?」
【レイナ】
「お恥ずかしいお話ですが、昨日お風呂に入ってなくて、シャワーを浴びていて、みんなと少し遅れたんです」
【トリニダード】
「ビビアナは何故一人で?」
【ビビアナ】
「レイナと登校するつもりだったのだけれど、シャワーを浴びていて遅くなるからと言われたの」
【ベアトリス】
「わたくしは今日の日直ですから、アンナと一緒に、早めに出ました」
王子は眉をしかめた。
【トリニダード】
「まただな。ビビアナが、レイナに教科書を借りた瞬間に、教科書を奪われる。レイナが被害にあい、ビビアナが疑われやすい構図だ」
【ビビアナ】
「もちろん、わたくしじゃないわよ」
【レイナ】
「元から疑っていません。ビビアナ様のことは誰よりも信じていますわ」
【トリニダード】
「誰かがどうしても、ビビアナとレイナの友情にひびを入れたいらしい」
【ベアトリス】
「悪趣味ね。大丈夫ですわ、ビビアナさまを疑う人なんていませんもの」
【アンナ】
「レイナも気落ちしないで。次はわたくしたちが守ってあげる。教科書はまた、用意して貰えばいいわ」
【トリニダード】
「教科書は私が手配しておこう。レイナもあまり気にしすぎるなよ」
【レイナ】
「ええ。ですが、誰かに嫌われているのは、いい気持ちがしませんわね」
【ビビアナ】
「気持ちが悪くて仕方ないわ」
その後、しばらく犯人を捕まえようとする動きがあったが、収穫はなかった。
当たり前だ、被害者の私がやったのだから。
これはまだ、序の口だ。
ゲームの内容を覚えている。
いじめはもっと苛烈になっていく。
【レイナ】
(次からは少し痛い思いをするけれど、耐えないとね)
私とビビアナは選択科目のために移動していた。
ベアトリスとアンナは違う科目を選択しているから2人きりだった。
移動中、学園長にあい、ビビアナが一礼する。
【ビビアナ】
「ごきげんよう」
【レイナ】
「……きゃっ」
ビビアナのカーテシーの瞬間、私が転んだ。
【ビビアナ】
「レイナ!? 大丈夫!?」
【レイナ】
「はい、何かに足が引っかかった気がして……まぬけですね」
レイナがそう言って笑う。
誰にも足はひっかけられていない。
【学園長】
「怪我はないかね、レイナくん」
【レイナ】
「ちょっと、掌をついたからひりひりするだけですわ。特に大きなけがはありません。みっともないところをお見せしました」
私は遅れてカーテシーを披露する。
【学園長】
「……レイナくん、君は確かいやがらせをされていたね? 誰かに」
そう言いながら、学園長はビビアナを見る。
【レイナ】
(そう、王子やベアトリス、アンナはなかなか信じなくても、ビビアナと私のことをよく知らない人は、まずビビアナを疑う)
ビビアナがカーテシーで、私を転ばすことは不可能だ。
だってカーテシーは、足を後ろに下げてそのまま膝を曲げるのだから。
横にいる私には絶対にぶつからない。
それでも、三度目ともなると何でも疑わしく見えてくるのだ。
私は笑顔の裏で、今までのことがうまく運んでいることに喜びを覚えていた。
ビビアナは自分が疑われていると悟ったらしく、慌てて言い募る。
【ビビアナ】
「誰かが、わたくしがやったように見せかけているのです。気味の悪いことですわ」
【レイナ】
「常々わたくしに親切にしてくださるビビアナさまが、いやがらせなんてするはずがありませんわ。わたくしたち、とても仲良しですのよ?」
私も笑顔で否定する。
それでも、学園長の疑念は晴れないようだった。
【学園長】
「……そうか。いやがらせしているものが早くわかるといいな。大丈夫だ、悪いことをしたら必ず見ている人がいるものだから」
【レイナ】
「反省して名乗り出てくれればいいのですが。そうしたらわたくしもビビアナさまも怒ったりしませんわよね?」
【ビビアナ】
「え、ええ、もちろんよ」
私の言葉に、納得いかないような表情を見せる。
当然だろう、ビビアナ自身が犯人に仕立て上げられているのだから。
今わざと転んだのはビビアナがやったと見せかけるよりも、ビビアナがどの程度疑われているかのチェックが目的だ。
私の思い通り、ビビアナは周囲から疑われている。
【レイナ】
(さあ、まだまだ続けるわよ! ビビアナが王子との婚約を破棄されるまで!!)




