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十二話 手にした幸せが、するりとこぼれていく日

――私が王子と婚約しても、眉を顰めるものはいなかった。

それどころか、祝福の声が多かった。


学園では王子は常に私と行動した。

王妃としてどうあるべきかを説きながら、私の行動を言葉通り監視しているのだろう。


寮ではベアトリスとアンナがずっとついていてくれた。

ビビアナが無実だと訴える私に、二人とも泣いてわたくしたちがいるからと抱きしめてくれた。


そして学園を卒業し、王子の戴冠式が始まり、トリニダードは王子から王になる。


結婚式をして、私は望んだとおり、王妃になった。

私は一つだけ王子――いえ、王にわがままを言った。

ベアトリスとアンナを侍女につけてほしいと。


トリニダードは快諾してくれ、私は学園生活の時と変わらず友人と過ごせる。


ただ、それ以上に接する人の中に苦手な人間がいた。


【教師】

「王妃、真面目に教育を受けてください」


王妃になっても、私は宮廷の作業や客を迎えるマナーがなっていないということで、勉学に励まなければいけないらしい。


【レイナ】

(馬鹿らしい。私は王妃になって、幸せに暮らすのよ。ゲームではそう書かれてあったのよ。だから勉強なんてする必要はないのよ)


【レイナ】

「そんなに勉学を誰かに教えたいなら、市井の子供たちに教えたら? わたくしはもう学ぶことなどないわ」


【教師】

「あります! レイナ王妃!!」


【レイナ】

「……ねえあなた。別の仕事に就く気はない?」


言うと、教師の顔色が変わった。


この国では、海を渡ったところに開拓地を見つけている。

そこを開拓する開拓民が少ないのだ。

まだ未開の土地で、原住民との争いもある。


危険な場所で行きたがる人間は少ない。

だが、開拓民は必要だ。


【レイナ】

「開拓地には子供もいるの。その子供たちに勉学を教えるといいわ。子供には教育が必要よ。行ってらっしゃい」


【教師】

「開拓地……私が、なぜ?」


【レイナ】

「だから、開拓地の子供に教育が必要だからよ。あなたは適任だわ。手続きはわたくしがしておくから、あなたは荷物の準備をなさい」


【教師】

「お許しください、レイナさま!」


教師が膝をついて頭を下げるさまが視線に移ったが、私は踵を返して自室に戻る。


気に入らない人間は、片っ端から開拓地送りにしている。

何せ開拓地では、原住民と争いが激化している。

戦争に勝たなければ、開拓地に手を出した意味がない。


だからこそ、人手は必要。

争いで毎日人が死んでいるのだから。

これは、国のためでもある。


だから心を痛める必要も、躊躇する必要もない。


自室に戻ると、ベアトリスとアンナがお茶を入れてくれて、話し相手になってくれる。


【ベアトリス】

「レイナ王妃、お勉強はいいの?」


【レイナ】

「いいのよ。教師が開拓地に行くことを希望したから、私に勉強を教えてる必要はないの」


【アンナ】

「……また?」


ベアトリスとアンナが、非難するようにこちらを見る。

どうしてそんな顔をするのだろう。

学園にいたころは、こんな顔をしたのは初対面の一度だけだったのに。


最近はよくこんな顔を見る。

この二人のそんな顔を見ていたくなくて、私は笑う。


【レイナ】

「さあ、お茶の時間よ、楽しみましょう」


【アンナ】

「あの人、とてもいい人だったのに。なぜ開拓地に行かせたの……?」


【レイナ】

「だってあの人、初対面の時に言ったのよ。ビビアナさまよりも立派な王妃にして見せるって。ビビアナさまより立派な王妃なんて、存在しないのに。わたくしは、ビビアナさまのただの代わりよ」


【ベアトリス】

「…………」


ビビアナのことを話題に出せば、二人は何も言わなくなる。

それに今言ったことは嘘ではない。


なぜ、ビビアナと私が比べられなければいけないの?

そんなの、私にもビビアナにも失礼だとは思わないの?

あの時から、あの教師の言うことを聞く気はさらさらなかった。


ビビアナを追い落としたけれど、私はビビアナが好きだ。

だから、ビビアナに無礼な口を利くものは許せない。


最初に開拓地送りにしたのは、誰だったか。

ああ、そうだ。

ビビアナが褒めてくれた髪飾りを、貧相だとけなして新しいものを買ってあげると言い出した愚かな騎士。


開拓地送りにする手続きはレイナが全部自分でやっている。

トリニダードは苦々しい顔をするものの、人手はほしく何も言わない。


だから私は、気に入らない人間は片っ端から開拓地送りにした。

だいたいの人間が、死亡したり現地の治療が難しい病気になったりした。


幸せにしているというニュースは一度たりとも入ってこない。


【レイナ】

(王妃である私に逆らうからよ。いい気味ね)


それから数日後の朝。


私が目を覚ますと、ベアトリスがブレックファーストティーを入れ、アンナが着替えの服を用意してくれる。

そんな中、もう一人の侍女が青い顔で、私の髪をとかしていた。


震える手で櫛を使うものだから、ぶちっと音がして、頭に痛みが走る。


【レイナ】

「いたっ……何するのよ!!」


【侍女】

「申し訳ありません、王妃様!! 二度といたしませんから!!」


【レイナ】

「そう言いながら、何度わたくしの髪を傷つけたと思っているのよ!!」


【侍女】

「申し訳ありません、申し訳ありません。どうか、どうかお許しを……!!」


【レイナ】

「ダメよ。あなたは開拓地に行きなさい」


【侍女】

「それだけはご勘弁ください。私には病気の母がいるんです」


【レイナ】

「なら、ご病気のお母さまもつれて開拓地に行くといいわ。開拓地で存分に面倒を見なさいな」


【侍女】

「そんな……っ!!」


【ベアトリス】

「いい加減になさいよ、レイナ!! この子はそんなに悪いことしてないわ!!」


【アンナ】

「わたくしやベアトリスが失敗しても、許してくれるじゃない。どうしてこの子も許してあげられないの!?」


【レイナ】

「ベアトリスとアンナはお友達だもの。この子はただの侍女。侍女の分際で、わたくしの髪を傷つけたのよ。日に溶けるようにきれいな髪だとビビアナさまが褒めてくれたのに! ビビアナさまが褒めてくれた髪を汚すなんて、大罪よ!!」


ビビアナはよく、私の髪を日に透かしてうっとりと目を細めていた。

その仕草が好きだった。


【ベアトリス】

「あなたがビビアナさまを今でも大事に思ってるのはわかってる!! でも、どんなにあなたが思っても、ビビアナさまはここにはいないの!!」


【アンナ】

「あなたはビビアナさまがいなくなってから、おかしくなったわ。元に戻って!! ビビアナさまがいない今をどうか認めて!!」


【レイナ】

「元に戻る……?」


【レイナ】

(二人は何を言ってるのかしら? 私は前からこうなのに)


【レイナ】

「二人が何を言っているのかわからないわ」


【ベアトリス】

「わからないというなら、いつまでもこんな遠回しな殺人を続けるのであれば、わたくしたちの友情もこれまでよ!」


【アンナ】

「わたくしもベアトリスもお暇をもらうわ。二度と、あなたには会わないようにする」


【レイナ】

「え……? ビビアナさまがいなくなった時、ずっとそばにいてくれるって言ったじゃない。それは、うそ……?」


【ベアトリス】

「嘘じゃなかった。ずっとそばにいるつもりだった」


【アンナ】

「でも、あなたは変わってしまった。残酷で、人の気持ちがわからなくなった。そんな人とはもういられない」


【レイナ】

「そんなの、ひどいじゃない。ビビアナさまがいなくても、あなたたちがいてくれるからわたくしは平気だったのに……どうしてそんなこと言うの……?」


呆然としている視界の端に、震えている侍女が写る。

憎しみが沸き上がった。


【レイナ】

「お前がへまをするから、こんなことになったのよ!! 開拓地送りじゃ生ぬるいわね。お前は縛り首、お前の家族親類も含めてよ!!」


【侍女】

「――!!」


侍女は気を失い、図々しくも王妃の私室に倒れ込んだ。


【ベアトリス】

「やめてよレイナ。あなたの口からそんな言葉聞きたくない!!」


【アンナ】

「わたくしたちが大好きだったレイナに戻って!!」


――バタンッと、扉があいた。


そこに現れたのはトリニダード王と、王の専属騎士たち。


【レイナ】

「どうしたのです? こんな朝早くから、わたくしまだ身支度を済ませていませんのよ」


【トリニダード】

「レイナ、お前を国家騒乱罪で逮捕する」


【レイナ】

「え……?」


【トリニダード】

「お前は好き勝手にやりすぎた。これ以上は見過ごせない。もっと早く、この判断をしておくべきだった」


【レイナ】

「どういうことですの?」


【トリニダード】

「お前の一言で、何人もの人間が人生を狂わされた。奪われた。そんなお前を王妃の座に据えてはいられない。そもそもお前はもう王妃ではない。私は王の座を退いたからな」


【レイナ】

「王の座を? なぜ?」


【トリニダード】

「自分の妃一人を抑えられないものが、国民を導く王など務まるものか。王位は弟に譲る。お前は国家騒乱罪で、広場にて斬首刑だ」


【レイナ】

「おかしいじゃないそんなの!!」


【ベアトリス】

「トリニダード王!! どうか、どうか、命だけは!!」


【アンナ】

「レイナはまだ、ビビアナ様のことで傷ついているのです!!」


【レイナ】

(やっぱり、ベアトリスとアンナは友達だった。私をかばってくれている)


胸が温かくなる。

けれど温かくなった私の胸に、トリニダードが冷や水を浴びせかける。


【トリニダード】

「ビビアナの件では、今でも私も傷ついている。ベアトリスやアンナ、お前たちも。そしてレイナも。けれど、傷ついた被害者だからと言って、何をしてもいいわけじゃない。レイナの犯した罪は見過ごせない――連れていけ」


トリニダードの言葉に騎士たちが、私の体を羽交い絞めにする。

私は必死で抵抗した。


【レイナ】

「こんなの、おかしいじゃない!! 私は王妃なのよ!! この世界の主人公なのよ!! 幸せになるためにこの世界が用意されたの!! なのにこんなこと、起こるはずがないじゃない!!」


どれだけ叫んでも、騎士たちは私を引きずって行く。

身支度も整っていない格好で、王都を歩き回らせる。


石を投げられた。

痛い。

血が流れる部分が痛い。


【レイナ】

「何してるの!? 私を誰だと思っているのよ!!」


けれど王都の者たちはわたくしに石を投げるのをやめない。

息子を返せ、家族を返せという怒号が聞こえる。


【レイナ】

「私は主人公よ!! 不幸になんかなるわけないの!! こんなことをして、あなたたち全員開拓地送りにしてやるから!!」


騎士に引きずられて足の皮がむけて、痛みを訴える。


そして王都の広場に用意されたギロチン台。

その上に無理やり転がされる。


【レイナ】

「やめてよ!! 私は王妃よ!! 主人公よ!! 幸せを約束された存在なの!! あなたたちとは違うんだから!!」


【騎士】

「やれ」


【レイナ】

「やるってなによ!! 私は――……」

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