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001.刺青の魔術師➀

 カラン、コロン。


 黒いローブを纏った女が、軋む扉を押して酒場に入る。

 灯りは薄暗く、空気は酒と煙草と、昔語りの匂いで満たされていた。


 彼女は一歩ずつ床板を踏みしめ、まっすぐにカウンターへ向かった。


「おっちゃん達にも酒奢ってあげて!」


 そう言った彼女は酒飲み親父たちの隣に座り、バン!とカウンターテーブルを叩いた。

 カウンターテーブルを叩いた手にはお札が数枚握られており、それを確認したマスターが酒を注ぎ始める。


「お?お嬢ちゃん、何しに来た。おごってくれるのは嬉しいが、アンタみたいな……20くらいのガキンチョが来るようなとこじゃねえよ。ここは」


 隣に座る中年の男がそう言うと、ローブを纏った女はフードを脱いだ。

 彼女の髪は派手な赤色で、雑に切りそろえられた長髪からは燃える炎のような情熱を感じる。


――そして印象的なのは、耳に付けられたサイコロのイヤリング。

 彼女の耳元で揺れる風変わりなイヤリングに、飲んだくれたちの目が吸い寄せられた。


「ご心配ありがとう。でも前の酒場でポーカーに勝ったもんでね。懐が潤ってるし、そもそも酒を飲みに来たわけじゃない」


 彼女は、マスターから出されたビールジョッキを口に近づけると、一気にそれを飲み干した。

 その飲みっぷりに、酒場にいた親父たちが”おぉ”という歓声を上げる。


「私がおっちゃん達に酒を奢ったのは、ある情報が欲しいからなんだ」


 彼女はそう言って彼らの方を向き、一枚の羊皮紙を懐から取り出した。

 その羊皮紙には黒いバラの様な模様が書かれており、そのすぐ上に、インクで”刺青(いれずみ)の魔術師”とメモ書きしてあった。


「この刺青が胸元に入った魔術師を知らない?」


 親父たちは皆顔を見合わせて、その魔術師を知っている者がいないか、やんややんやと騒ぎ始めた。

 女は不安そうに彼らを見ていたが、やがて彼らの中から、その魔術師について知っているものが現れた。


「噂だけなら聞いたことあるぞ。”刺青の魔術師”。各地を放浪し、盗賊や悪党をやっつけて回る謎の魔術師だって」


「寝てる旅の人もなんとか言えよ。アンタなんか旅先で話を聞いたことありそうだけどな」


「……」


「俺も、噂で聞いただけならある。悪徳領主から町を救った話とか聞いたぞ」


「でも、本当にいんのか?噂だけで、そいつ見たことある奴いねぇんだろ?仕事の依頼すんならそんな奴より、よっぽどギルドの奴らの方が信頼おけるぞ」


 飲んだくれの親父共は口々に魔術師についての噂話を口にしたが、女はどうにも納得いっていないようだった。

 彼女の必要な情報は、彼らの口からは出てこなかったらしい。


 女は溜息をつき、少し眉間を抑えて考えた後、飲んだくれたちの方を向いて言った。


「貴重な情報ありがとね。私も……ギルドに頼んだ方がいいのは分かってる。でも私はギルドの奴等じゃなくて、”刺青の魔術師”に賭けたの。あ、マスター美味しかったよ」


 彼女はそう言い残すとカウンターテーブルを立ち、再びフードを被って酒場から出て行こうとした。


 とその時、酒場の入り口から一人の男が入ってきた。


 カランコロン


「やってるかい?」


 そう優しそうに声を掛けた髭面の男は全身に鎧をまとい、青い羽根の付いた兜を右手に抱えていた。

 酒場にいる全員が、その物騒な装いに視線を注ぐ。


「やってますが……」


 ひょろひょろと線の細い体形をしたマスターはそう答えたが、鎧の男は無表情で彼の下へと歩いて行くと、彼の襟をぐいと掴んだ。

 屈強な彼に持ち上げられ、足が宙に浮く。

 マスターの顔は、訳も分からずに四方を見渡した。


「全ての酒をよこせ。ドラゴン討伐の報酬は酒をもらうことにした」


「で、でも、ギルドへの報酬は金貨で、金貨はその土地土地のギルドから出るはずじゃ」


「俺はギルドの冒険者共とは違う。王国騎士団、第十騎士団長グレイ・ザルヴァンだ。騎士団全員分の酒をもらうぞ」


 それを聞いたマスターは、眉をハの字に曲げて、襟を掴む屈強な男の手を握った。


「そんなぁ。国から正式に給料は出ないのですか!わたしから酒を奪うのは……」


「奪うのではない!労働に対する報酬だ。話の通じないやつだ」


 騎士団長グレイはそう言い、右の拳を振り上げると、マスターに向かって思い切り振り下ろそうとした。

――その時、酒場を去ろうとしていたローブの女が彼に言い放った。


「待って!それはおかしいでしょ。なんで酒まで貰うの?国から給料出るんでしょ?ここに居る皆おかしいと思ってるよ」


 ローブの女の一言に、飲んだくれたちは顔を引きつらせた。


「や、やめとけ……あんた、知らんのか……」


 と誰かが小声で言う。

 隅の席で見ていた初老の男が口を尖らせ、背筋をぞくりと震わせながら呟いた。


「余計なことは言わん方がええ……王国騎士団に楯突いて、生きて帰った奴を見たことがない」


 グレイはマスターを手放し、女の方を向いた。

 急に地面へと落されたマスターは尻餅をつくと、一目散に酒場の裏へと逃げていく。


「貴様、名は?」


 グレイは剣を抜き、女の方に向けて聞いた。

 彼の剣は何体ものモンスターを斬ってきたのであろう、歴戦の傷が付いていた。

 おそらくは由緒ある名剣……。


 その剣に慄きつつも、女は自分の名を名乗った。


「アイリス。賭け師アイリスよ」


「そうかアイリス、世間知らずな君に教えてやろう。王国騎士に逆らうとどうなるかを……ね」


 グレイが銀に輝く剣を構えると、アイリスに向かって横一文字に振り抜いた。


 酒場にいた全員が顔を伏せ、彼女が真っ二つになる瞬間から目を背けた。

 そして振り抜かれた剣によって、酒場は血みどろに――なっていなかった。


 アイリスが殺されるはずだった場所にいるのは、彼女とグレイの間に立つ、刃を素手でつかんだ謎の男。


 アイリスは閉じていた目を恐る恐る開け、彼の姿に驚いた。

 彼女は彼を見たことがあった。彼は、酒場の一番奥で寝ていたはずの男だったのだ。


「ふぁぁ~。俺の眠りを妨げんじゃねぇよ」


 彼はそう一言だけ呟くと、グレイの持っていた剣をぐにゃりと曲げた。

 その人間離れした技に、酒場にいた者だけでなく、剣を持ったグレイも口を開けて驚く。


 彼の出で立ちは、黒髪に一本だけぴょこんと立つアホ毛を携えた、いかにも平凡でどこにでもいそうな若者だった。

 だがその瞳は、青と緑の狭間を漂うような色をしていて、見つめた者を吸い込むほどの深さと静けさを湛えている。


 そして――

 右胸に刻まれた、黒いバラの刺青。

 無機質な雰囲気とは裏腹に、それは彼が”刺青の魔術師”であることを確かに告げていた。


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