第4話 憎まれ役
「谷崎さん、少しいいですか? 重要な話があります」
谷崎さんに聞こえる程度の声で話す。
彼は俺の神妙な面持ちを見ると、その意味を察してくれた。そして静かに頷くと、俺達は他の人達には聞こえない車両の隅へ移動した。
「それで、話とは?」
「俺達が今置かれている状況についてです。俺達は、恐らく神隠しに遭いました」
「……どういうことだ?」
「瓜二つの自分、集団での気絶、見知らなぬ土地への転移。どれをとっても科学では証明できない現象、それが起こったのです」
俺は谷崎さんに一連の出来事を、できるだけ分かりやすく解説した。そうすることによって、聞き手に信憑性を与えたのだ。
「——そのことから、ここは現世とは違う場所、つまりは隠世と呼ばれる場所だと推測できます」
「神隠し、か……にわかに信じがたいな……。すまない、君のことを疑っているつもりはないんだ。ただ……自分の中でまだ腑に落ちないところがあるんだ……」
やはり、ここで最大の難関に直面する。
科学で証明できないからこそ、こういった類の話はどうしてもオカルトや神学に頼ることになる。
だから、こちらも夜叉狩りとしての立場を活かした。
「……俺は夜叉狩りと呼ばれる特殊な除霊師です。俺は長年、妖怪や幽霊といった怪奇現象に携わってきました。経験上、この一連の出来事は神隠しに近いもので間違いないです。どうか信じてください。俺はあなたや皆さんのことを助けたいんです」
俺は人々を救いたいという純粋な思いを、谷崎さんに伝えた。すると、話を聞き終えた谷崎さんはしばらく黙り込んだ。
その間、俺は一時も彼から目を離せなかった。
そして、
「……分かった、君の話を信じるよ」
と谷崎さんから返事が返ってくる。
内心、もし信じてもらえなかった時のことを考えてはいたが、良い意味で予想は裏切られた。
「ありがとうございます。でも、どうして信じてくれたんですか?」
「これでも人を見る目はある方だと自負しているつもりだ。それに、言葉では言い表せないが、君からは強い意志を感じた」
そう言うと、谷崎さんは笑った。
俺は素直にそれが嬉しかった。秘密を抱える者として、彼の言葉は少なからず心の支えになったからだ。
「それで、これからどうするんだ?」
「まず、この場にいる全員が助かるには現状を把握してもらった上で、お互いに協力し合う必要があります。俺としてはいきなり全員に打ち明けるのではなく、谷崎さんのように理解を示す方々を少人数集めてから話し合いの場を設けた方が良いと思います。その際、谷崎さんには俺のサポートをお願いしたいのですが、引き受けてくれますか?」
「なるほど、了解した。喜んで協力させてくれ」
谷崎さんは俺の指示した役目を快く引き受けてくれた。
——その後、俺達は他にも協力者になってくれそうな人物達に声を掛けた。
基準として、なるべく動揺が少なく、まだ目に覇気を宿している者を選んだ。
勿論、中には否定する人もいたが、なんとか賛同者を4人集まることに成功した。
そのメンバーは、看護師の岩瀬由衣、薬学生の戸田和樹、大工の上波誠二、そして俺と同じ学校の後輩の岡村縁らの面々である。
各々の経歴は違えど、彼らは谷崎さん同様、俺の説明に難色を示すことなく、真剣に聞き入れてくれた。そんな彼らがいれば、心強いことこの上ない。故に、問題解決の大きな足掛かりになるだろう。
それに、乗客達の精神もすり減ってきて、限界が近いと感じた。
頃合いだと思った俺は、全員を集めて説明を始めることにした——。
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状況が芳しくない……。
恐れていた事態が現実になってしまった。
なるべく言葉を選び、慎重に説明をしていたつもりだった。けれど、乗客の大半はそれを受け入れず、現実逃避を始めた。
俺は諦めずに色々な方向から説得を試みた。
一族の掟を破り、人目に隠して携帯している対魔用の符術を使ってでも、彼らに事実を証明しようとした。
しかし、それでも信じてもらえなかった。
「異界!? 神隠し!? デタラメなことを言うな!!」
眼鏡をかけた神経質なサラリーマン男性によって、会話が遮られる。
「こっちは朝から大事な会議があるんだ! お前みたいな子供の戯言に付き合っている暇はないんだよ!」
「落ち着いてください! 俺は真面目です! あなただってもう一人の自分をその目で見たでしょう!」
「うるさい! 誰か早く助けを呼べ!」
俺達は隠世に閉じ込められ、助けは来ないと説明したはずなのに……パニックに陥り、見えるものが見えていない。
いくら騒いだところで、元の世界に帰ることができるわけでもないのに、暴言を吐き散らしながら、自分にかかった圧力を振り払う。彼の現実から目を背ける姿は、あまりにも酷かった。
さらに、彼に影響されたのか、他の人達も次第に阿鼻叫喚になり、周囲と揉め始めた。
とある女性は、
「ウソよ……こんなのウソよ!!」
と恐怖のあまり、ヒステリックになる。
はたまた、とある不良は、
「っるせぇ! キモいんだよ、このカスッ! 俺に触んじゃねぇっ!!」
と他者と揉め始め、要らぬ争いの原因となる。
それぞれの反応は違えど、誰一人として真実を認識しようとしない。彼らは自分の殻の中に閉じこもり、考えることはおろか、正常な判断を下すことすらやめている。
そう、彼らは瞬く間に醜態を晒すだけの烏合の衆に成り下ったのだ。
正気の沙汰ではない。
(心の弱さ……やはり団結なんて最初から無理だったのか?)
俺が呆れてものも言えないでいると、さらに予期せぬ事態が起こる。
「あんた達、さっきからオカルトじみたことを言ってるけど、さては私達を騙そうとしてるんじゃないでしょうね!?」
「そうだ、きっとそうに決まっている! あの怪しげな術で俺達を陥れようとしているに違いない!」
「奴らに洗脳される前に、早く始末するんだ!」
あろうことか、彼らは俺や俺の意見に賛成した者達に矛先を向けてきた。
もはや何を言っても彼らは聞く耳を持たず、言葉の暴力が繰り返され、「追い出せ」やら「縛り上げろ」など物騒なことを連呼した。
その光景は、まるで魔女裁判のようだった。
人の為を思ってやったことが、かえって仇となった。その上、ありもしないことを連想し、挙句の果てには俺達を悪人に仕立て上げる始末。
考えが違うだけでこうも異端者扱いされてしまうのだ。人のエゴほど恐ろしいものはない。
「や、やめてくださいっ!!」
「あ゛っ?」
「こんな時にもなって、みんなで争って……おかしいです! 冷静になってください!」
隣に立っていた岡村さんが、争いを静めようとみんなに必死に呼びかけた。
しかし、それは逆効果だった。
「なんだと? もう一回言ってみろ、このクソアマッ!!」
「きゃっ!」
気に触れたのか、不良は岡村さんに向かって拳を振り下ろす。だが、その拳は彼女に当たることはなかった。
間一髪で、俺が止めたからだ。
「痛っ! 放せ、この!!」
不良の拳を手で受け止め、背後に回り込んで肩の関節を絞める。
俺は奴の行いに怒りを覚えた。理性ではなく本能で物事を判断し、怒ると人に手を上げる愚行、その全てが気に食わなかった。
「なぜ、彼女を殴ろうとした? どうして力があるのに、それを正しく使おうとしない?」
「うるせぇっ! んなもん、あいつがむかつくからに決まってるんだろうが! あと、テメェも何勝手に仕切ってんだ! ぶっ殺すぞ!」
不良からは案の定、無意味な答えが返ってきた。
少しでも期待した俺が馬鹿だった。
奴を放せば、また暴力を振るうのが目に見えている。
だから俺は、奴の肩の関節を外した。
「がぁぁぁぁっ!?」
不良はあまりの痛さで床の上を転げ回り、情けない悲鳴を上げる。それを見た半ば暴徒と化した人々は、血の気を引かせておとなしくなった。
俺自身、暴力で暴力を制する方法はあまり好きではないが、悪いのはいつまでも能天気で自己中心的な考えに囚われたこの馬鹿だ。
多少手荒なことをしてしまったが、それが良い鎮圧効果を生み、言い換えれば良い見せしめになった。その証拠に、右腕が垂れ下がっている不良の感情は、俺に対する恐怖に塗り替えられていた。
「ひぃー、く、来るなー!!」
「関節をはめ直してやるから、動くな」
逃げようとする不良を押さえつけ、腕を軽く治療してやる。すると、奴はまた汚い声を漏れした。
「あひぃっ!?」
「もう暴力を振るうな、いいな?」
「は、はぃぃぃい!!」
俺が警告をすると、奴は恐怖に駆られ、そそくさと集団の中に戻った。
「……話を続けますが、よろしいですか?」
人々が騒がなくなり、俺は今一度、口調を荒々しいものから丁寧なものへと戻した。これでやっと話を聞き入れもらう体制が整った。
しかし、みんなの顔が青い。
後ろで立っている谷崎さん達を見ると、彼らもまた気まずそうに下を向いていた。
あんなに俺のことを支持すると言ってきながら……いや、よそう。
彼らは悪くない。
ここにいる全員は一般人で、俺のように強くはない。
傍から見れば、おかしいのは俺だ。
だからこそ、俺は割り切ることにした。
たとえどんなに恨まれようが、俺は俺のやるべきことを成し遂げる。それが、結果的に人々の命が救えるのであれば、それで良い。
迷いを捨てた俺は気を取り直し、説明を再開することにした。
憎まれ役は、俺一人で十分だ——。