09 革新的な料理とあれやこれ
「ここが、厨房です。と言っても、ベオウルフの実験室と言っても、過言ではないですが」
周りに漂う、尋常ではない匂いと紫色や黒色の煙。もしかしなくても、大変な場所なのは一目瞭然である。そのどんどんと濃くなる匂いと煙の中心にベオウルフは居た。
「皆さん、よく来たでござる。ちょうどいま、革命的なシフォンケーキを作ったところでござる。試食受付中でござる」
し、試食? 彼が片手に持っていたのは、シフォンケーキではなく、つぶれて焦げでいる紫色の何かだ。絶対食べるのは御免である。
「私は遠慮しておく」
「僕もまた今度させてもらう」
「私も結構です」
そんな、皆が絶対に食べたくないオーラを醸し出していた時だった。
「私、食べたいです!!」
「え!? り、リル?!」
なんと、リルが、食べると言いだしたのだ。もしかして、リルはゲテモノ食いというやつなのだろうか。だとしても、これは流石に、食べれるとは思えないのだが……
「おお! リル殿ありがとうございます! 拙者の料理の良さがわかるなんて、さすがでござる!」
「いっただっきーます!」
リルはケーキ(?)をベオウルフから受け取り、嬉しそうに口に含んだ。が――
「うげぇっ……ッ!」
リルの顔は引きつり、今にも倒れそうな顔色になった。
「お、おいしいですよ! あは、あははははははははっ……(遠い目)」
「吾輩の料理の良さをわかるなんて、リル殿は美食の才能がありますぞ! さすがでござる!」
誇らしげなベオウルフに対し、リルの顔は青を通り越して灰色になっていた。それは、完全に胃袋が召された顔だった。
「もう、行きましょうか……」
「そ、そうですねぇ……」
スチュアート鶴の一声により、その場はお開きとなったが、ふらふらと千鳥足で厨房を後にするリルの背中には、『また来て試食してくださいね〜!』という、ベオウルフからの呪いのような言葉が追い打ちをかけていた。
しかし、廊下に出てしばらくすると、リルは幾ばくか元気さを取り戻したらしく、いつものように戻っていた。
「スチュアート! さっきはありがとうございます! 厨房からもうでれないかと思いました!」
「べ、別に、リルのためではないですよ」
「嘘つけ! ホントは私の為のくせに〜隠さなくても良いんだよ?」
リルがスチュアートをツンツンと、指で突く。スチュアートの顔はリンゴみたいに真っ赤になっていた。その様子を、レイと生暖かい眼差しで見守っていると、スチュアートはギロッとこちらを睨んできた。
「レイヴィノール様もルシェ様も、そんな目で見ないでください!」
「だって、ね……」
「仲が良さげで何よりだ」
うふふふふ、とレイと2人で笑っていると、さらにスチュアートが反論してきた。
「あ、あの! 仲が良いわけでは!!……」
「えー! 私たち十年来の仲じゃない! 嘘はいけないわよ!」
リルが、スチュアートに抱きつく。これは付き合っているのだろうか……いや、相手はリルだ。人懐っこそうなので、もしかすると、仲良くなると距離感がバグるタイプなのかもしれない。
「も、もう行きますよ」
照れを隠すため、スチュアートは早歩きで次の場所に向かって行った。あまりにも早歩きなので、少し笑いそうになるのを抑えつつ、私達は次の場所へと移動した。
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「ここが、魔王様お手製の温室です」
スチュアートに案内され、ぞろぞろと中に入る。リルは先程のことからすっかり立ち直って、目をキラキラと輝かせていた。
「ここ、普段は入れないんですよ? ルシェ様、ラッキーですね!!」
「そうなの? 貴重な体験だね。というか、レイにそんな趣味があったとはちょっと意外かも」
「僕にとって、生き物を殺すのは簡単だが、生かすのは難しいから、その練習のためにやっている」
なるほど。たしかにレイは生殺与奪の権を握れるくらいには強いし、練習というのも納得だ。しかし、温室の中には、よくわからない禍々しい植物や、the魔族感あふれるものばかりが植えられていた。ちょっと魔族の趣味はアレなところがあるのかもしれない。
しばらく、色々なモノを、物珍しく見ていると、レイが私の肩を叩いた。
「ちょっと一人でこっちに来てくれ」
「わ、わかった」
スチュアートとリルを尻目にして、私はレイについて行った。レイはどんどんと、温室の奥に進んで行った。
「どこに向かっているの?」
「まあ、見ればわかるだろう」
そう言うと、突然別世界に来たような、空間が広がった。魔族の済む地帯は空が紫っぽかったり、灰色がかっていることがほとんどなのに、一面青空で、そこには無限に続くと錯覚させられるくらい、たくさんの花が咲いていた。
「これは?」
「魔法で作った空間だ。僕が一人になりたいときは、いつもここに行く」
「すごく、きれいな場所だね」
「まあな」
魔族の趣味は人間と少し違うのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。美的センスはそこまで変わらないようだ。
しかし。まるで別世界のごとく、この空間は美しかった。
「ルシェ、これを」
レイに、花を差し出される。その花は青く小さくて、とてもきれいな花だった。
私は、渡された花を受け取った。その刹那……頭の中に身に覚えのない記憶が駆け巡った。
「こ、これは?」
「魔族に巣食う、魔毒素を花に移したものだ。これを、浄化してみてくれないだろうか」
「……わかった」
花に魔法のイメージと、魔力を送り込む。すると、花は青色から、白に変化した。
「契約にあった浄化っていうのは、こういう魔毒素の籠もった花を、浄化すればいいのかな」
「それも確かにやってほしいんだが、まずは、花に移せないほどの念が籠もっている、魔毒素を持っているやつらの浄化をしてほしいんだ」