08 魔王城には危険がいっぱい
晩餐会のあと、私はリルに連れられ、部屋に戻った。
「今日は色々とあって、お疲れだと思うので、ゆっくりおやすみください!」
そう言うと、リルは部屋から出ていってしまった。すると、さっきまで、緊張していて感じていなかった、今日の疲労が一気に押し寄せた。
「つ、疲れた……」
ベットにゴロン、と寝そべる。ベットはすごくフカフカで、弾力があった。
ポン、ポン、とわざと足を跳ねてみる。何だかトランポリンのようだ。少し、愉快な気分になる。
そんなとき、ふと、レオンのことが頭に浮かんだ。今日は目覚めてから、忙しくて考えられなかった、というかレイの前で、馴れ初めなんて語ったりしたが、それ以外ではあまり考えないようにしていた。
―――――『君のことを愛してなんかいない』
じゃあ、彼は誰のことを愛していたのだろうか。もしかしたら、私ではなく、他に愛していた人が、いたのかもしれない。
だから、私を殺そうとしたのだろうか。
もしそうだったらと思うと、また、涙が溢れていった。ポロポロ、ポロポロ、と止めどなく瞳から雫が落ちる。
「……もう、寝よう」
****
「ルシェ様! 起きてください!」
耳元で、バーンと、シンバルのようなけたたましい音がする。
「リル……?」
「はい! リルです! さあ、起きてください!」
バーンバーンと、シンバルが鳴る。はっきり言って、とてもうるさい。元気なのはいいことだが、どうも魔王城の住民はズレているところがある。
「もう起きてるよ……ちょっと、耳が痛いけど」
「耳が痛い?! 大変です! すぐに報告しなくちゃ!」
「シンバルの音が大きかっただけだから、大丈夫……」
少し厭味ったらしいことを言ってしまったが、リルは全く気づいていないらしい。それどころか、耳が痛いというのを真に受けて、あたふたとしている。
「本当に大丈夫なのですか?」
「うん。平気だよ」
そう答えると、リルはぱっと明るい表情になって、私に笑いかけた。すごく、可愛い……この辺にズレているところがなければ。
「よかったです! 今日は、魔王城をご案内しますね!」
「ありがとう」
その後、軽い朝食を済ませ、着替えると、タイミングを見計らったように、スチュアートがやってきた。スチュアートは、軽く笑みを浮かべているものの、瞳は全くと言っていいほど、笑っていなかった。
「ルシェ様、本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いにお辞儀をする。スチュアートは執事ということもあって、きれいに最敬礼をしていた。
「今日は私もお供させていただきますからね!!」
リルが何故か、腕まくりをしながら得意げに報告する。なんだか、先ほどのこともあり、リルが得意げなことがこの上なく、不安に感じられた。
「気合を入れるのは良いことですが、あなたの場合暴走することがほとんどなんですから、ほどほどにお願いしますよ」
「もースチュアートったら! そんなことわかってるわよ」
「本当ですかね」
スチュアートがリルに対して、皮肉を含んだような笑顔で笑う。リルは、ぷりぷりと怒っていたが、なんとなく、彼らが仲が良いことは察せられた。
特にスチュアートはリルに対して、少し熱っぽい視線を送っているような居ないような……? まあ、リルは全く気がついていないだろうが。
「さ、無駄話をしてないで、行きますよ」
「はーい!」
スチュアートの先導によって、部屋の扉が開かれる。扉が開かれた先にはなんと、レイが立っていた。
「レ、レイヴィノール様!? 執務中では?」
「ああ、そうだスチュアート。だが、少し面倒くさくなったので、気晴らしに来た」
「そうでしたか……これが終わったらしっかり、執務に戻ってくださいね」
「無論だ」
こうして、メンバーがそろい、奇妙な魔王城探検が幕を開けた。
「まずは、ルシェ様は、本がお好きなようですし、図書館へ行きましょう」
「わーい! 私、図書館は寝るのにちょうどよくて、大好きです! ……本は嫌いですけど」
冷たい廊下を四人で歩く。魔王城はどこも、少しひんやりしていて、肌寒い。しばらく階段を下り、地下に入ると、大きな図書館が目の前に現れた。
蔵書数は神殿の図書館か、其れ以上はありそうである。
「ここは色々な本があるが、危険な本は全部禁書庫で管理しているから、あなたが見ても大丈夫だろう」
「へぇ~。禁書って神殿の図書館にもあったけど、どんな物があるの?」
「……あまり見て、気分の良いものではない。禁書は基本、人の念がこもっていて、見ると具合が悪くなる」
なるほど、人の念がもろにこもった本か……それは少し、いやかなり見るのが大変そうだ。
「少し、見てみるか?」
レイはそう言うと、どこからか、本を取り出して、私に差し出した。題名は……『愛しき君へ──闇の中の独白』
……すでに、嫌な予感しかしない。
『君の瞳は夜空よりも深く
君の微笑みは月の光よりも優しく
だが、なぜ
僕の愛は届かぬのか
──否、届いているのだ
ただ君が気づいていないだけなのだ
だから僕は今日も影に潜み
君の足音を数え
君の声の残響を瓶に詰め
静粛と闇に満ちた部屋に飾る
僕の心は君でできている
君の一挙手一投足が
僕の生の証
僕の心臓なのだ
それでも君が振り向かぬのなら
この想いをどうすればいい?
溢れんばかりにこぼれ落ちる熱情を
いや、わかっている
君は振り向いてはくれないだろう
それでも、ただ
今日も君を見つめている
──永遠に』
「うっ……これは……」
「こういったポエムが、あと何ページも続く。胃もたれを通り越して、胃に穴が開くレベルだな」
私が痛々しさに、ダメージを受けていると、リルが、本をこちらに持ってきて、紹介してくれた。
「見てください! これは私がよく枕にしてるお気に入りの本ですぅ〜。表紙がふかふかしているので、寝心地が良いんですよね」
しかし、その本のタイトルは『悪夢大百科〜悪夢を見れる枕付き〜』だった。
「そんな本を枕に寝て、夢見が悪くないの……?」
「夢……? ああ、私は夢を見ないので大丈夫です」
夢を見ない。魔族って夢を見ないのだろうか。また一つ、新たなことを知った。
「では、次は厨房に行きましょうか」
厨房……つまりあのコックの根城というわけか。はっきり言って、すごく嫌な予感がする。
そんなことを考えつつ、図書館をでて、廊下を歩いていると、リルが突然あるドアの前で、立ち止まった。
「ここ、開かずの部屋なんですよ〜?」
「そうなの?」
「はい、なんでも、この部屋に入ったら最期、二度とでられないそうです」
どこの建物でも、人が集まると怪談のようなものが起こるんだなぁ。神殿のころも、そんな噂はよくあった。魔族も人間も余り大差がないらしい。
「いや、普通に入れますよ。鍵があればですが」
「……え?」
どうやら、うわさなんてものは信憑性が皆無に等しいことが証明されてしまった。リルは「あれ〜そうなんですか」と、不思議そうにしている。
「よかったら入りますか?」
「入ってみたい、です」
スチュアートが、鍵を取り出す。だが、その鍵はレイの魔法によって、ヒョイッと奪われてしまった。
「だめだ。今日は入ってはいけない」
「……なんで?」
「何でもだ」
「では、今日はやめておきましょう」
いきなりどうしたのだろうか。一瞬すごく、レイが焦ったように見えた。何か、あるのだろうか。少し後ろ髪を引かれつつ、私達はその場をあとにした。
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