06 晩餐会は黒い塊とともに
「じゃあ、レイヴィノール様のためにも、張り切って準備していきましょうね」
「ヒェッ……」
そこからは、なんというか、凄まじかった。まず、コルセットで締め付けられるのかと思いきや、あれよあれよと言う間にお風呂場に連れて行かれた。
お風呂場は部屋に併設されていて、神殿の私の部屋のものより、豪華だった。
「さあ、きれいにしていきますよ!」
私の身ぐるみを剥がし、腕まくりをするリル。この時点で、同性とはいえ、羞恥心はマックスだった。
神殿では自分のことは自分でやっていたし、(一部の司祭は貴族のような暮らしをしていたが)慣れないことだらけで、目が回りそうだ。
「では、洗っていきますね!」
キラキラとした目で、私の背に手を掛けた、リル。しかし、その手には掃除用のたわしが握られていた……
「リ、リル? それは掃除に使うたわしであって、人間には使わないんじゃないかな……?」
「そうなのですか? 私はいつもこういった、たわしで身体を洗っていますが、人間は違うのですか?」
もしかして、魔王城でもあまり良く思われていないのだろうか。確かにその可能性は大いになる。私はなんといっても、先日まで魔族を殺して歩いていた、敵。
良く思われていなくて当然である。しかし、この様子を見ると、単純に、善意でやっているように、見えるのだが……
「人間はたわしで身体を洗わないと思う」
それを聞くと、リルは愕然とした顔をした。
「も、申し訳ありません! 元々、私たちは人形のようなものですし……でしたら人間は、どうやって身体を洗うのですか?」
「?タオルとかで洗うと思う。というか、自分でやるからいいよ」
「いや、そういうわけにはいきません」
すると、リルはせかせかとでて行き、タオルを取りに行った。今度は薄手のタオルを持ってきたようだ。
「ありがとう! やっぱり、自分でやるよ」
「でも、これは私の仕事だから……」
そうは言っても、人に身体を洗ってもらうのは、恥ずかしい。でも、それはリルの仕事を取ってしまうので、よくないのだろうか。
事実、リルは私を、うるうるとした瞳で見ている。何だか、耳が生えている幻覚が見えてきた……
「我儘言ってごめん。よろしくお願いしてもいいかな」
「ルシェ様! ありがとうございます!」
そう言うと、リルは私に、抱きついてきた。距離が近い。でもこんなに可愛い子に抱きつかれるなら、悪くないかも……?
そうして、リルに身体を洗ってもらうことになった。ふと、いつもより爽快感があることに気がつく。そういえば……
「私って、何日くらい寝ていたの?」
「1週間くらいですかねぇ……倒れていたのを発見したのが、6日前とかなので」
「誰が発見してくれたの?」
「それはもちろん、レイヴィノール様です」
そうなのか。なんだか、1週間も洗っていない、汚い身体を洗ってもらっていたと思うと、恥ずかしさが倍増した。
お風呂から出たあとは、よく分からないオイルを塗りたくられ、その後、懸念していた着替えをすることになった。
「む、無理……もうこれ以上締められない……」
「無理じゃありませんよ! ルシェ様は細いですし、まだ行けます」
聖女のときは、神官服が礼服だったから、ドレスを着るのは、レオンとの婚約発表の時や、どうしても行かなければならなかった、社交界のパーティー以来だった。その時も、コルセットを締めるときは悪夢のようだったが、如何せん相手は馬鹿力の魔族だったため、その非ではなかった。
「もっと締めますよ! 1、2、3! 息を吐いて〜! おりゃっ!」
リルに紐を引っ張られ、さらに締め付けられた。可愛い掛け声だったのに、お世辞にもその怪力さは、可愛いとは言えなかった。
その後も、薄化粧を施され、髪を結われ、気がついたら1時間半もの時間が経っていた。
「さあ、完成しましたよ!」
「ハァ……」
嬉しそうにするリルだったが、私はもはやげっそりとしていた。
しかし、このドレス、すごくきれいだし、高価なものに見える。キラキラとした、装飾のついた外地に肌触りの良い中地。生地自体が、相当高価そうだし、装飾も偽物ではなく、本物の宝石があしらわれている。
正直、こんな高価なもの、奴隷上がりで卑しい身分だった自分が、着ていてもったいないと思ってしまう。もっと美人なお姫様とかが着たらいいのに……とすら思う。
すると、リルはそんな私の様子を見かねたのか、肩をとんっと叩いてくれた。
「さすがレイヴィノール様が直々に、見立てただけあって、とてもルシェ様に似合っていますね。何より、ルシェ様の素材が良いから、ドレスも見劣りしませんね」
「そんなことないよ……でも、褒めてくれてありがとう。あとで、レイにもお礼を言わないとね」
「私、お世辞は言わないんですよ!? まあ良いです。さあ、早くお礼を言うためにも行きましょう!」
リルはそう言って、私の腕を引っ張った。
晩餐会の会場は、私の部屋から歩いて五分ほどのところにあるそうだ。さすが魔王城、広くて迷いそうだ。
「明日、スチュアートが、魔王城を案内してくれるそうですよ」
「スチュアート……?」
「スチュアートというのは、魔王城の執事です」
リルは、親切に色々と説明してくれる。しかし、さっきから思っていたのだが、リルは私も思っていることを、まるでわかるように話を進める。
もしかして……
「リル、もしかして私の心の声、読んでるの?」
「? ええ、もちろんです!」
「もちろん!? ぷ、プライバシーの侵害じゃないかな」
「ですが、レイヴィノール様から、ルシェ様の要望は、すべて汲み取るように、と申し付けられています……」
ま、魔王の差し金だったのか……そうは言っても、なんだか少しもやもやする。
「もし無理だったら大丈夫なんだけど、できるだけ心の声は読まないでほしいな」
すると、リルは少し考える素振りを見せた。
「もちろん、無理だったら大丈夫だよ」
「いや、ルシェ様がそうおっしゃるなら、そのようにしますね!」
リルは私にニコッと笑いかける。その笑顔は、花が咲くような笑顔だった。
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「ルシェ様、着きましたよ!」
「わぁ、すごい……」
会場は大きなステンドグラスが何枚もあり、すごく豪華な作りだった。テーブルの一番奥には、すでにレイが座っていた。その姿は、何とも様になっていて、少し見とれてしまった。
私が少し、立ち尽くしていると、レイが喋りかけてくれた。
「ああ、そのドレス、着てきてくれたのか」
「うん、こんなに良い品をありがとうございます」
「まあ、給料の先払いだと思ってくれれば良い」
確かにそういうことなのだろうと、薄々感づいてはいたが、これから、こんな高そうなドレス分働くと思うと、気が遠くなりそうだった。
だが、なんだか魔王は微笑を浮かべていて、余計に怖かった。
「そのように立ち尽くしてないで、座れ」
「う、うん、そうだね」
私は、一番手前にある席に着席した。
しばらくレイと談笑していると、なんだか、辺りにすごい異臭が漂い始めた。
「なんだろう……この若干焦げたような、よくわからない匂い」
「ああ、来たか……」
魔王は眉間にしわを寄せた後、すごくげんなりしたような顔をした。なんだか、とても嫌な予感がするような……
「魔王様! 聖女様! できましたぞ!」
そう、大きな声とともに広間に入ってきた男。彼が両手に持っていた皿には、得体の知れない黒色の塊に、紫色のソースが乗っていた……
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