05 至れり尽くせり
「そうと決まったら、こんな陰気臭い地下牢は嫌だろう」
そう言うと、魔王は、指をパチっと鳴らした。
どうやら、魔王は魔法の展開もチートらしい。戦ったときは詠唱をしたりしていたのに、アレは演技だったのだと思い知らされる。
そして、次の瞬間、私の居た地下牢はみるみるうちにピンクのファンシーな部屋になっていった。
「ここが、地下牢?」
「いや、地下牢ではなく、魔王城内の適当な空き部屋をリノベーションして、そこに転移した」
「え?! もしかして、今?」
「? ああ、そうだが……別に驚くようなことではなかろう」
魔王はさも当然かのように呟く。いや、そうは言ってもこれは相当高位な魔法だし、並の魔力量ではとてもじゃないが、できない。
というか、この部屋はなんなのだろうか……無駄にピンクピンクしてるし、ぶりぶりと装飾されている。挙句の果てには、天蓋付きのベットの上には大量のぬいぐるみが……
いや、ぬいぐるみは可愛いし、好きだし、大量のぬいぐるみに囲まれる願望はあったけれども……
こっこれは、子供と勘違いされている!
でも、せっかく用意してもらったのに、文句を言う訳にはいかないしなぁ。
「何か不満があるのか?」
そうは思っても、魔王に顔が引きつっていたのを目ざとく見つけられてしまったらしい。
こうなったら、言わないほうがアレだしな、申し訳なく、思いつつ、少し本音をこぼしてみる。
「魔王サン、私は、女児じゃなくて立派な成人女性なのですが……」
「? 人間の女性はこういったかわいいものが好きなのでは、ないのか」
「それは小さいときだけです! そもそも、それは何情報ですか?」
「あなたも僕からしたら、小さいのだが。僕の直感は間違っていたのか」
勘。勘ならしょうがないのか? いや、でも、このあまりにもファンシーな空間は体に毒だ。
「わかった。少し落ち着いた色合いにしよう」
そう宣言すると、魔王はまた指をパチっと鳴らした。すると今度は、どピンクな部屋ではなく、ピンクゴールドで、装飾も派手すぎない落ち着いた部屋に変化した。
あ、ベットのぬい達はそのままなのか。
「すごい魔力消費ですよね……ごめんなさい魔王」
「いや、これから末永くここに暮らすんだ。気に入ってくれなければ、困る。それに、このくらい造作もない」
末永く? 確かに魔毒素で苦しんでいる魔族は大半だろうし、浄化には時間がかかりそうだから、そうかもしれない。
「確かに、末永くよろしくお願いします」
そう答えると、魔王の耳がかすかに赤くなった。
まあ、一瞬プロポーズみたいに聞こえなくもないし、照れちゃうよね。おそらく彼はちょっと天然なところがあるから、意図せずプロポーズまがいなことを言ってしまい、それが返ってきて、自分の言ったことが少し恥ずかしくなってしまったんだろう。
「末永くよろしくするなら、魔王なんてよそよそしい呼び方をするな」
「た、確かに……?」
しかし、つい先日までは、敵だった相手だし、なんて呼べばいいのだろうか。確か、魔王の本名はベリアル=レイヴィノールだったはずだから……あっ。
「じゃあ、レイ、と呼んでいい?」
「……ああ、じゃあ僕は聖女殿をルシェ、と呼ぼう」
「わかった」
一連のやりとりが終わったころ、私たちの中に沈黙が流れ始めた。
うっ。き、気まずい……
いくら一度戦ったことがあるとは言え、まともにコミュニケーションを取ったのは、今日が初めてなのだ。業務の話が終わったあと、何を話せばいいのだろうか。
そんな時だった。
コンコン、とノックの音と同時に、天使のように可愛い女の子が入ってきた。……まあ、魔族だけど。
「ルシェ様、ですね? 今日からルシェ様のお世話をさせていただきます、リルです」
「か、可愛い……」
「そう言っていただけて、光栄です」
リルはニッコリと笑った。うっ。本当に、魔族じゃなくて天使の間違いじゃないの?
くりっとしたピンク色の瞳、クリーム色のボブヘア。鼻は高くて、唇は薄く桜色に色付いている。天使としか言いようがない。
「ということで、今日からリルはあなたの世話係だ。何かあったら何でも言いつけると良い」
「ありがとうございます」
こんな生活、初めてだ。豪華な部屋にメイドさんなんて、まるでお姫様みたいだ。神殿では質素な暮らしだったし、身支度も全部自分でやってきていた自分にとっては、すごく新鮮だし、同時にものすごく、居た堪れなかった。
私がこんな生活していいのだろうか。リルがいても、最低限の身支度は自分でしよう。
「じゃあ、リル。ルシェをよろしく頼んだぞ。晩餐会のために仕上げてやってくれ」
「かしこまりました」
そうこうしているうちに、レイは部屋から出ていった。
「じゃあ、レイ様のためにも、張り切って準備していきましょうね」
そう言っている、リルの手にはコルセットがあった。
「ヒェッ……」
****
「魔王様、例の者はいかがでしたか?」
廊下をでると、タイミングを見計らったように、執事のスチュアートが現れた。
スチュアートは僕にいつでも忠実で、有能な番犬だ。過去には有能な上、その美貌も相まり、苦労もあったようだが、今は暴走もだいぶ収まってきている。
信用できるものだけで構成されている、魔王城にとって、欠かせない統括役だ。
「ああ、ちゃんと『適応』していた」
「それはよかったです」
スチュアートは笑みを浮かべる。それは執事として完璧に計算された笑みであり、同時に自分への忠誠の証のような笑みだった。
「晩餐会の用意は?」
「滞りなく。すでに料理長がメインディッシュを作り終えているそうです」
「わかった、ありがとう」
晩餐会か。この晩餐会は、この城のメンバーである使用人たちとの、顔合わせのためもある。顔合わせ自体は、僕も考えていたが、少しでも僕と彼女の距離が縮まれば、というスチュアートの提案から晩餐会の準備は始まった。
ふと、着飾ったルシェの姿を想像する。陶器のように白い肌、夜空のような髪。まるで、夜の女神のようだろうな、と考える。
それにしても……
「末永く、か。本当に、その言葉の意味が分かっているのだろうか」
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